BELL’S STUDY NOTE
ひとことで言うと:体幹部外傷手術に近道はない。コースや海外研修は補助であり、重症外傷が集まる場と、全過程に付き合う指導者があって初めて身につく。
勉強した日:2021-12-22(録画を2026-10-14に見直し) / きっかけ:第49回日本救急医学会総会・学術集会のセッション(オンデマンド配信)
日本では重症の体幹部外傷が少なく、一人の外科医が経験できる手術数は限られる。では、開胸・開腹を伴う外傷手術の技術は、どこで、どうやって身につければよいのか。第49回日本救急医学会総会・学術集会のセッション「体幹部外傷手術をいかに効率よく習得するか」では、5施設の演者が、海外研修、献体を使ったトレーニング、症例の多い施設での10年間、集約化と指導体制という異なる立場から答えを示した。
本稿は、このセッションの録画とスライドをもとに、5演題と討論、座長の総括を整理する。演者の主張とスライドの数値、本稿の補足と解釈を区別して示す。
医療従事者向け:本記事は教育・一般的な医学情報のための記事です。個々の患者の診断・治療を代替しません。
まず押さえる要点
- 5演題に共通する結論は「近道はない」だった。off-the-jobトレーニングや海外研修は有用だが、単発で継続性がなく、実践の場と指導者があって初めて生きる
- 海外の症例の多い施設では、症例数と判断の経験が得られる。ただし外傷手術は基本手技を学ぶ場ではない。血管外科、心臓外科、肝胆膵外科の基本手技とIVRは、意識して修練する必要がある
- 献体を使ったトレーニングは、救急医の侵襲的処置の安全性を高める目的から、外傷外科と救急外科を合わせ、看護師の直接介助まで含むコースへ広がっている
- 国内の症例の多い施設でも、執刀104例・助手122例を積み、高難度手術を担うまでに約10年を要した
- ドクターヘリとドクターカーによる集約化と、指導医が全過程に関わる体制があれば、地方でも習得は可能だという報告があった
このノートの読み方
本稿は学会セッションの記録であり、系統的な文献レビューではない。示された数値は、各施設が学会で発表した自施設のデータで、多くは論文として公表されたものではない。施設の体制、患者の重症度、集計の定義がそれぞれ異なるため、施設間で数値を比べる目的には使えない。
音声は自動で書き起こしたもので、人名や数値に聞き取りの誤りがあり得る。スライドで確認できた数値を優先し、音声だけの情報で不確かなものは書いていない。
1.海外研修で痛感した基本手技の不足(帝京大学)
演者は、治療戦略、手術、術後管理の一連の流れは実臨床でしか身につかないと考え、米国、南アフリカ、タイで臨床経験を積んだ。
- マイアミ大学 Ryder Trauma Centerで外傷フェローを2年間務めた。銃創が多く、腕頭動脈、鎖骨下動静脈、膝窩動脈の損傷などを経験した。当時すでに、業務の約8割はAcute Care Surgeryだった
- ヨハネスブルグには3か月滞在し、外傷手術58例に参加した。鋭的損傷が64%で、銃創は8例、多くは刺創だった。心損傷3例には、8時間以内に胸骨正中切開で到達している。胸腔鏡や腹腔鏡はなく、吻合はほぼ手縫いだった
- タイのチュラロンコン大学では、交通外傷が中心の鈍的外傷と、四肢の血管外傷を経験した
| 項目 | マイアミ | ヨハネスブルグ | 帝京 |
|---|---|---|---|
| 外傷症例 | 4,434 | 2,436 | 329 |
| 穿通性外傷の割合 | 21% | 45% | 11% |
| 手術症例 | 407 | 382 | 38 |
海外研修の利点として挙げられたのは、圧倒的な症例数、世界標準の手術、日々の判断の経験、日常的なダメージコントロール手術である。一方で演者は、留学前の修練が一般的な消化器外科だけで、血管外科の修練がほとんどなかったことを痛感したという。
帰国後に修練し直したこと
- 血管外科:シャント手術を中心に、血管の露出、中枢・末梢の確保、吻合、グラフト置換
- 心臓外科:胸骨正中切開の開閉胸、右房からのカニュレーション(肝下面の下大静脈損傷に対するatriocaval shuntを想定)、大伏在静脈の採取、大腿動脈のカットダウン
- 肝胆膵外科:結紮を主体とした肝切除、膵頭十二指腸切除
- IVR:予定の塞栓術で基本手技を身につけ、時間を短くする
血管内治療が有利な病態としては、骨盤骨折や腰動脈の塞栓、重症肝損傷での手術と塞栓の併用、鎖骨下動脈損傷へのステントグラフト、椎骨動脈損傷、大動脈損傷が挙げられた。演者が提案する流れは、胸部・血管外科を含む外科修練、症例の多い施設での外傷修練、必要に応じた再研修、IVRの基礎修練、吻合モデルなどでの日々の練習である。これを仕組みにするには、院内ローテーションの強化が必要だと述べた。
本稿の補足として、外傷の血管手術で難しいのは吻合よりも展開だという指摘は、当サイトの誰が血管外傷を引き受けるのか|Scalea基調講演を読むでも扱っている。一時的血管シャントの考え方はTemporary Intravascular Shuntの記事にまとめた。
2.献体で救急処置の安全性を高める(慶應義塾大学)
慶應義塾大学では、2003年に委員会を設けて献体による手術手技研修(Cadaver Surgical Training、CST)を始め、2008年から救急分野の侵襲的手技にも広げた。2012年に日本外科学会と日本解剖学会のガイドラインが公開され、厚生労働省の委託事業が始まったことで、全国に普及した。発表時点の承認研修の一覧では、救急処置のCSTは4施設、外傷手術を含めると8施設だった。
- 利点:生体と同じ感触と解剖で学べる。まれな手技も経験できる
- 欠点:出血しない。未固定の献体は保存期間が約3週間、腹腔内の操作は1週間以内で、計画が立てにくい
- 内容:気管挿管、輪状甲状靱帯切開、気管切開、胸腔ドレナージ、心嚢開窓、左前側方開胸、開胸心マッサージ、下行大動脈遮断、clamshell開胸、Mattox maneuver、Cattell-Braasch maneuver、骨盤創外固定、後腹膜パッキング、四肢血管の露出
- 進め方:動画教材で事前に学び、当日は手技に集中する
2019年度は13回実施し、1回は3〜4時間だった。のべ参加者は学生11、初期研修医9、専攻医2、救急科医師19、他院の医師12である。満足度は高く、経験済みの手技でも、今後学びたい手技でも、胸腔ドレナージが最も多く挙がった。COVID-19への対応で未固定献体を一時中止し、Thiel法で固定した献体で再開したところ、保存状態は良好で、未固定に代わり得る印象だったという。
演者は今後の展望として、気管挿管、輪状甲状靱帯切開、胸腔ドレナージ、中心静脈カテーテルなど、救急医の侵襲的手技に絞ったコースを、外傷外科医向けのコースとは別に、学術団体が検討し保証することが望ましいと述べた。討論では、献体は出血の制御という点で生体動物に劣るという指摘と、解剖学教室と協力関係を築けば個人単位の修練も可能だという経験談が出た。
3.外傷と救急外科を同時に学ぶ新しいコース CTACS(島根大学)
演者は、既存のコース(SSTT、ATOM、DSTC、ASSET、献体による外傷手術臨床解剖学的研究会)をACS認定外科医のカリキュラムと照らし合わせ、どのコースにも抜けがあり、救急外科を扱うコースが国内にないことを指摘した。島根大学は2019年にCSTセンターを設立し、2020年1月にASSETを開催、2021年11月に独自のCTACS(Cadaver Training for Acute Care Surgery)の第1回を開いた。
- 献体1体につき受講生2名、インストラクター1〜2名
- Basic:基本手技(輪状甲状靱帯切開、胸腔ドレナージ、血管露出など)、外傷手技(前側方開胸、crash laparotomy、各種パッキング、胸骨正中切開、心損傷の止血など)、救急外科手技(胃穿孔、虫垂切除、消化管切除吻合、胆嚢摘出、ヘルニア根治)
- Advanced:特発性食道破裂の縫合、幽門形成、総胆管切開とTチューブ留置、胆管空腸吻合、肝胆膵・血管領域の外傷手技
- 日程:各日午前と午後に3時間ずつ、2日間で計12時間。講義はほぼ行わず、事前学習とする
受講後のアンケートでは、有用である、臨床に役立つ、繰り返し受講したいという回答が大半だった。座長からは、全国に広げるには献体の確保が高いハードルになるという指摘があった。
4.「効率よくは習得できない」10年間の執刀記録(日本医科大学千葉北総病院)
演題名がそのまま結論になっている。同院は自己完結型の救命救急センターで、外科専門医をもつAcute Care Surgeonが7名おり、ISS 16以上の重症外傷を年間約300例受け入れる。独自のプログラムで指導医、専門医、修練医の役割と目標を明確にし、手術を高・中・低の難度に分けている。
演者は、他施設で外科研修を4年弱受けた後に異動し、2011年4月から2021年3月までの10年間の自身の経験を調べた。
| 項目 | 執刀 | 助手 |
|---|---|---|
| 初回体幹部外傷手術 | 104例 | 122例 |
| うちダメージコントロール手術 | 51例 | 45例 |
- 10年間を3期に分けると、1期(修練医)は低難度の手術が多く、3期は高難度手術とダメージコントロール手術が増えた。ダメージコントロール手術の執刀は、スライドでは10例、15例、26例と推移している
- 上級医が指導的助手に入る割合は年々減り、後半は演者自身が指導的助手を務める症例が増えた
- ACS認定外科医に必要な外傷手術64例の約9割を、代替手術なしで登録できた
- 施設の特徴として、多発外傷が多いこと、迅速なダメージコントロール手術(中央値で手術開始まで17分、手術時間46分)、整形外科や四肢血管の手術への参加、肋骨固定や腹壁修復などの機能再建手術、経験豊富な外傷外科医の指導が挙げられた
演者は、病院前診療、蘇生、集中治療を日常的に行う中で判断が鍛えられると述べ、「外科手術ができるだけでは外傷手術はできない」とした。off-the-jobのコースは単発で継続性がない。インドの外傷センター(外傷患者は年間約7万人)で2か月研修した経験もあるが、医療文化と資源の違いがあるという。結語は、独り立ちには専門外科と同じく10年近くを要し、日本の症例の多い施設で重症外傷を執刀し、チームで救命する成功体験が重要だ、というものだった。
座長の一人は、自施設では15年間で70名を養成してきたが、約半数は続かなかったという現実と、症例数だけでなく個人の資質も影響することを述べた。
本稿の補足として、ダメージコントロール手術の考え方と適応の変遷はダメージコントロール手術のエビデンスヒストリーで、予定手術を外傷手術の修練に変える工夫は若手外科医の手術の入り方で扱っている。
5.集約化と、全過程に付き合う指導医(公立豊岡病院 但馬救命救急センター)
地方でも外傷手術は習得できる、というのがこの演題の主張である。鍵は、患者を集める仕組みと指導体制だった。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| ドクターヘリの出動 | 年1,800〜2,100件(半径80km、10消防本部、3府県) |
| ドクターカーの出動 | 年約2,500件(24時間運行) |
| 基地病院への搬送率 | ヘリ94%、カー97% |
| 覚知同時要請率(キーワード方式) | 96% |
| 手術件数(2011年4月〜2020年3月) | 2,163件。うち体幹部外傷手術612件(435症例)、ダメージコントロール手術・段階的手術131件 |
| 体幹部外傷手術の部位 | 腹部38%、胸部30%、血管16%、骨盤12% |
| Acute Care Surgeon 1人あたりの年間経験 | 緊急手術56.5件、外傷手術21.4件、計77.9件 |
| 防ぎ得た外傷死(PTD) | 全外傷0.6%、体幹部外傷0.2% |
- Acute Care Surgeonは365日24時間、2名以上が常駐する
- 指導医は、外傷外科の教科書の内容を長年実践し、各コースのインストラクターを務める外傷外科医である。病院前、初療、判断、ダメージコントロール手術、集中治療、計画的再手術まで、全過程を指導する
- 重症例はマンツーマンで指導し、指導医の手術介入率は100%。直近2年間の予定外の再手術は、体幹部外傷で再出血1例、縫合不全0例だった
- 病院前の蘇生的開胸術は年平均25例。適応は重篤なショックと短時間の心肺停止で、厳密な時間の設定はない。脳脱と体幹部の離断は適応外としている
- 病院前では大動脈遮断、直接心臓マッサージ、心嚢開放を行い、必要なら右開胸を加えてclamshellとする。輸液路の確保が難しければ、右心耳から輸液して搬送する。院内では心損傷や大血管の修復、肺部分切除、臓器の止血、骨盤骨折への後腹膜パッキングまで行い、若手に経験させる
- ECMOとIABOの外科的な挿入・抜去は年平均30例を自科で行い、血管合併症は0例だった。日常の血管手技を修練の機会にしている
- 症例検討会、院内の手技講習会(血管吻合、人工血管置換、腸管の手縫い吻合)、各コースへの参加も組み合わせている
討論では、指導医2名が交代で対応しており、修練医は5名程度が適正だという考えが示された。体幹部外傷には必ず指導医が付き、軽症の内因性疾患の手術でも、開始前と終了後に電話で報告させる。スタッフは病院から10分圏内に住んでいるという。
本稿の補足として、蘇生的開胸術の適応と手順は蘇生的開胸術、骨盤の後腹膜パッキングはPreperitoneal Pelvic Packing、PTDという指標の成り立ちはそもそもPTDとはで扱っている。PTD率は判定方法と対象によって値が大きく変わるため、他の報告と直接比べることはできない。
6.座長の総括:一例一例を大事にする
座長は、医療に「仕方がない」はなく、どんな症例でも反省点を見つけることが大切だと述べた。一例一例を大事にする者は、数だけを重ねた者に勝てる。効率を求めず、長年かけて地道に達成するしかない。そして、泳いだことのない人に教わっても泳げるようにはならないとして、優れた指導者に教わり、考えるだけでなく実際にやることの必要性を強調した。
まとめ 場と指導者を先に決め、コースはその間を埋める
5つの演題は立場が違っても、同じ結論に向かっていた。献体や生体動物を使うコース、海外研修は、解剖と手順を体に入れ、まれな手技を一度経験するために役立つ。しかし、それだけでは外傷手術はできるようにならない。出血している患者を前にした判断は、病院前から集中治療、再手術までを通して患者に関わる中でしか身につかないからである。
本稿の解釈として、若手が自分の修練を考えるときの問いは三つに整理できる。重症外傷が集まる場に身を置けているか。全過程に付き合ってくれる指導者がいるか。そして、血管、心臓・胸部、肝胆膵の基本手技とIVRを、予定手術と日常の手技の中で意識して積めているか。コースはこの三つの間を埋めるもので、受講の前に事前学習を済ませ、受講の後に実践する場とセットで計画するのがよい。独り立ちまで10年という数字は重いが、裏を返せば、一例ごとの振り返りを10年続けた人が到達できる場所だということでもある。
自分用メモ
(ここに自分の修練計画との照らし合わせ、次に受けたいコース、院内で積める血管手技などを書く)
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確認の範囲
内容は、オンデマンド配信の録画の音声を自動で書き起こしたものと、スライドの画像から再構成した。数値はスライドで確認できたものを優先した。次の項目は聞き取りが不確かなため記載していない:CTACSの受講費用、帝京大学の施設規模に関する発言の一部、討論中の一部の数値。
各施設の症例数、執刀件数、出動件数、PTD率などは、いずれも演者が学会で示した自施設のデータであり、本稿では論文などの公表資料との照合を行っていない。発表時点(2021年)の数値で、現在の体制や実績とは異なる可能性がある。座長の氏名と所属は音声だけが根拠で確定できなかったため、記載していない。
このノートは外傷外科医ベル個人の勉強メモを兼ねた学会レポートです。演者の見解と本稿の解釈を区別して記載しましたが、発表内容の正確な記録が必要な場合は、学会の公式資料を参照してください。


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