2026年のEVTM Asia(Endovascular Resuscitation and Trauma Management)で、Thomas M. Scaleaが基調講演を行った。主題は「血管損傷の治療を、これから誰が引き受けるのか」。血管内治療の学会でありながら、話はカテーテルの技術にとどまらず、外科研修の変化、血管外科研修の症例構成、外傷センターの体制づくり、そして次の世代をどう育てるかへ広がった。
本稿は、会場で記録した講演の音声とスライドをもとに、講演の流れに沿って内容を整理し、言及された論文や背景を補って解説する。講演者の主張、スライドに示されたデータ、本稿の補足と解釈を区別して示す。
医療従事者向け:本記事は教育・一般的な医学情報のための記事です。個々の患者の診断・治療を代替しません。
まず押さえる要点
- かつて一般外科医は腹部、胸部、頸部、末梢血管まで手術していた。専門分化が進んだ現在、外傷を通して全身を診る外科医は、外傷外科医以外にほとんどいない
- 外傷への血管内治療は、骨盤骨折出血の血管造影(1972年)から始まり、脾動脈塞栓は1990年代に強い反発を受けながら標準治療になった。TEVARや鎖骨下動脈損傷の血管内治療では、死亡の減少と関連するデータも出ている[1][2][3][4]
- 一方で、外傷外科医が血管損傷を血管外科へ任せる傾向が強まり、その血管外科医は、統合型(integrated)研修の普及で、外傷の全身管理や血管の展開(exposure)の経験が少なくなっている[5]
- Scaleaは「研修が変わらなければ、血管損傷の患者は、損傷を修復できない外傷外科医と、患者を理解できない血管外科医に診られるようになる」と警告した
- Shock Traumaは外傷外科医が担うtrauma endovascular serviceを作り、骨盤や肝の止血までの時間を短縮した。REBOAやbridge balloonを使う「endovascular resuscitation」を日常診療に組み込んでいる
- 外傷外科医に血管外科を教える試みは、本人いわく「あきらめた」。代わりに、修練を終えた血管外科医に外傷を教えるフェローシップを2027年8月に始める
この記事の読み方
本稿は講演レポートであり、系統的な文献レビューではない。講演中のデータは、スライドに出典が明記されたものは原著で確認し、出典の記載がないもの、未発表と述べられたものはその旨を書く。音声からの書き起こしであるため、人名や数値に聞き取りの誤りがあり得る。スライドで確認できた数値を優先し、音声のみの情報は「講演では」と明示する。スライドの数値と原著の記載が異なる箇所は、本文で両方を示す。
講演の背景にある米国の研修制度は、日本と大きく異なる。米国の血管外科医は、一般外科研修5年の後に血管外科フェローシップ2年を修める「5+2」型と、医学部卒業後すぐに血管外科へ進む5年間の「統合型(integrated, 0+5)」に分かれる。後者が増えていることが、講演の中心的な論点の一つになる。
1.一般外科が何でもした時代
Scaleaは自身の研修時代から話を始めた。1980年代の一般外科医は、腹部全般、良性・悪性の直腸手術、肺と食道を含む胸部、甲状腺・副甲状腺を含む頸部、すべての末梢血管、透析アクセスまで手がけていた。腹腔鏡もロボットもなく、手術はすべて開腹・開胸だった。消化性潰瘍はMaaloxと牛乳で治療し、β遮断薬はなく、乳癌の治療は一つしかなかった。勤務時間の制限もなく、チーフレジデントとして開腹の大動脈手術と胃の手術をそれぞれ50例経験したという。「そんなことは二度と起きない」。
専門分化の進み方も、本人の経験として語られた。研修先のSyracuseに最初のフェローシップ修了外科医(大腸肛門外科)が来たのは1981年ごろで、一般外科医は痔核だけを紹介し、それ以外は手放さなかった。翌1982年に最初の血管外科医が着任したが、生計を立てるために大半は一般外科の手術をしていた。それでも専門医は増え続け、「カーブは曲がり始めた」。
本稿の補足として、この導入は単なる昔話ではない。専門分化は個々の手術成績を高めたが、そのぶん、複数の部位と臓器にまたがる外傷患者を一人で引き受けられる外科医は減った。後半の論点である「血管外傷を誰が担うのか」は、この流れの延長にある。
2.外傷への血管内治療は骨盤から始まった
1972年 NEJMの骨盤骨折出血の血管造影
Scaleaが外傷への血管内治療について文献上最初の記載として示したのは、1972年のNew England Journal of Medicineに掲載されたMargoliesらの報告である[1]。骨盤骨折からの大量出血は臨床所見だけでは出血源を特定しにくく、経過観察や内腸骨動脈結紮の結果は満足できないことが多い。著者らはスライドに示された抄録によれば、骨盤骨折で急速な失血をきたした3例に経大腿動脈の大動脈造影を行い、全例で恥骨枝骨折部近くの閉鎖動脈の分枝から出血していた。2例では、内腸骨動脈前枝への選択的カテーテル挿入と自己凝血塊の注入で出血を制御した[1]。
講演では、これを「塞栓ではなく、開腹手術が必要な患者を選ぶための血管造影」と紹介し、当時の状況を「さぞ大変だっただろう」と評した。抄録を読むと、選択的な止血も2例で行われている。いずれにせよ、骨盤の後腹膜血腫を開けずに出血源へ到達するという発想は、ここから始まった。
Brooklynの二人と脾動脈塞栓
その二人として名前が挙げられたのが、Salvatore J. SclafaniとGerald W. Shaftanである。Scaleaは「外傷の血管内治療を最初に作ったイノベーターであり、知らないなら知っておくべきだ」と述べた。講演では1984年の脾動脈造影と、当時使っていた大きく粗いコイルの画像が示され、1995年にEASTで発表した最初の症例集積が紹介された。講演では、観察または塞栓で治療した患者の脾温存率は98.5%だったと紹介された。原著抄録では、全体の脾温存率88%、非手術治療を行った患者で97%と報告されている[2]。共著者にはShaftanとScalea自身も名を連ねている。
この研究の詳細と限界は、当サイトの外傷性脾損傷のエビデンスヒストリーで扱っている。二群は無作為に分けられておらず、血管造影所見を使って患者を選び、必要な患者に止血を追加する戦略だった。
3.1995年、脾動脈塞栓は嘲笑された
高い脾温存率という結果は、称賛されなかった。Scaleaは「私たちは非難された」と振り返り、当時の査読コメントを「穏当に言い換えたもの」としてスライドに並べた。
質疑では、当時Brooklynの仕事を見ていたという聴衆が「彼は正気ではないと私たちは皆思っていた。それが今では標準治療だ」と発言した。本稿の解釈として、このエピソードには二つの教訓がある。新しい手技は、データが出ても既存の価値観に阻まれることがある。一方で、批判のうち免疫機能への懸念は科学的に正当な問いでもあり、後に塞栓後の免疫機能を調べる研究へとつながった。
4.流れを決定づけたのはTEVARだった
Scaleaによれば、血管内治療を「押し切った」のは鈍的胸部大動脈損傷に対するTEVARだった。新しい方法で治療したほうが生存率が高いことが、初めて統計学的に明確に示されたからである。代表的なのは、ScaleaらもかかわったAASTの多施設研究で、193例のうち125例がステントグラフトで治療され、調整後の死亡はステントグラフト群で有意に少なかった[3]。
この流れは鎖骨下動脈にも広がった。講演で示されたのは、Memphisのグループ(Zambettiら、2022年)がTQIPデータベースを解析した研究である[4]。
なお原著抄録では、穿通性外傷の12% vs 22%(p=0.028)は合併症率であり、死亡率は6% vs 21%(p=0.001)と報告されている。鈍的外傷では死亡率に差はなかった(11% vs 10%)。多変量解析のORは0.35(95%信頼区間0.14〜0.87)である[4]。
本稿の補足として、これは登録データの後ろ向き解析である。血管内治療を選べた患者は、循環が保たれ、血管造影室へ移動する時間があった患者である可能性が高い。ORが示すのは関連であり、全例で血管内治療を優先すれば死亡が減るという因果関係を証明したものではない。それでも、開胸や鎖骨の切除を要する鎖骨下動脈の展開を避けられる利点は大きく、選択肢として持つ価値を示すデータといえる。
5.血管外傷の診療体制には複数の形がある
では、誰がどのように血管外傷を治療するのか。Scaleaは、施設ごとにやり方が違うことを認めたうえで、どの形でも必要なのは「知識と能力のある人」だと述べた。スライドに示された体制の選択肢を表にまとめる。
| 体制 | 血管内治療 | 直視下手術 | 講演で指摘された課題 |
|---|---|---|---|
| 1 | IVR医 | Acute care surgeon | IVR医はワイヤーとコイルの技術は非常に高いが、外傷診療のほかの側面をほとんど知らない |
| 2 | IVR医 | 血管外科医 | 同上。加えて血管外科医の外傷経験が問題になる |
| 3 | 救急医・ACSを交差訓練 | Acute care surgeon | 救急医は外傷の蘇生には詳しいが、入院後を含む外傷診療全体には詳しくない |
| 4 | 血管外科医がすべて担う | 可能だが、外傷を本当に理解している必要がある。血管外科医はかつて一般外科研修を経ていたが、研修は変わりつつある | |
そして「一般外科のチーフレジデントがどれだけ外傷を知っているのか、疑問に思う日がある」と付け加えた。講演の場がIVR医や救急医も多いEVTMであることを考えると、職種の限界をはっきり指摘したこの部分は挑発的でもある。本稿の解釈として、Scaleaの主張は「どの職種が担うべきか」よりも、「血管の技術」と「外傷患者の全体像」を同じチームの中で途切れさせないことにある。
6.外傷外科医は血管外傷を手放しつつある
Scaleaが問題視したのは、外傷外科側の変化である。講演では、Harborviewで術中に血管外科へコンサルトする件数が大きく増えたデータが紹介された。2002〜2017年に件数は約5倍(529%増)になり、65%は術中の即時対応を要した[6]。Atlanta(Grady)については、血管外科の関与が0%から70%へ上がったと紹介された。0%だったのはDavid Felicianoが外科部長だった時代で、彼が去ると血管の専門性も一緒に去ったという。この0%から70%という数値は、本稿では原著で確認できなかった。同じGradyの2015〜2019年の緊急外傷手術2,265件の解析では、血管外科へのコンサルトは9.8%で、整形外科の9.2%を上回り、最も多い診療科だった[7]。
ここでScaleaは、外傷コミュニティが血管損傷の治療を「放棄(abdicate)」し始めていると表現した。
7.統合型血管外科研修は外傷の経験が少ない
では、引き受ける側の血管外科医はどう育っているのか。Scaleaらは、ACGMEの全国症例ログを用いて血管外科研修の現状を調べた[5]。抄録によれば、2013〜2022年に血管外科修了者に占める統合型の割合は8.2%から32.6%に増え、著者らは統合型の修了者が外傷患者を診る準備ができていない可能性があると結論している。
講演によれば、血管外科研修の増加分はすべて統合型プログラムであり、修了者数も同様に増えている。そのうえで、統合型の研修では血管以外の手術、集中治療、外傷の非手術管理の経験が「ほとんどない」。以下はスライドに示された修了者1人あたりの平均症例数である(数値はスライドによる。抄録には個々の数値は記載されていない)。比較は5+2型のフェロー(Vascular Fellows)と統合型レジデント(Integrated Residents)である。
| 項目 | 5+2型フェロー | 統合型レジデント |
|---|---|---|
| 人工呼吸管理 | 23.72 | 4.87 |
| 出血(3単位超の輸血) | 6.27 | 2.03 |
| 循環不安定 | 15.10 | 3.66 |
| 臓器障害 | 15.37 | 3.37 |
| 不整脈 | 6.65 | 1.87 |
| 侵襲的ラインによるモニタリング | 18.89 | 4.24 |
| 栄養管理 | 13.49 | 1.89 |
| 外傷の非手術管理 | 49.1 | 1.47 |
血管手術そのものの経験は、待機的な手術では大差がない。
| 部位 | 5+2型フェロー | 統合型レジデント | 有意差 |
|---|---|---|---|
| 脳血管 | 63.77 | 61.66 | NS |
| 胸部 | 3.83 | 3.76 | NS |
| 上肢 | 20.26 | 17.25 | p<0.05 |
| 腹部・骨盤 | 41.16 | 40.06 | NS |
| 鼠径以下 | 53.35 | 59.20 | p<0.05 |
| 膝窩以下 | 35.51 | 37.91 | p<0.05 |
| 複雑手技 | 11.03 | 11.87 | p<0.05 |
差がはっきり出るのは外傷である。血管外傷の直視下修復は、5+2型でも決して多くないが、統合型ではさらに少ない。
| 部位 | 5+2型フェロー | 統合型レジデント |
|---|---|---|
| 胸部 | 0.53 | 0.15 |
| 頸部 | 0.75 | 0.3 |
| 腹部 | 3.11 | 1.54 |
| 末梢 | 7.7 | 2.99 |
Scaleaが「最も興味深い」と述べたのが、統合型レジデントの展開(exposure)と修復(repair)の比較である。
| 部位 | 展開 | 修復 |
|---|---|---|
| 胸部血管 | 0 | 0.15 |
| 頸部血管 | 0.06 | 0.3 |
| 腹部血管 | 0.2 | 1.54 |
| 末梢血管 | 0.55 | 2.99 |
| 合計 | 0.81 | 4.98 |
修復の記録は約5例あるのに、展開は1例に満たない。誰かが損傷血管まで到達させた後に、縫合だけを担当していたことになる。Scaleaの言葉では「彼らは血管を縫えるが、そこまで行けない」。
本稿の補足として、外傷の血管手術で難しいのは、多くの場合、吻合そのものより、出血している術野で中枢と末梢を確保するまでの展開である。胸郭出口、Zone Iの頸部、後腹膜の大血管、膝窩動脈など、普段の待機手術ではあまり使わないアプローチが求められる。展開の経験がないことは、外傷手術への不安に直結する。
なお、症例ログは自己申告による記録であり、チーフレベルの症例に限られる。記録の仕方の違いが数値に影響している可能性は残る。それでも、外傷の非手術管理が49.1例対1.47例という差は、記録方法だけで説明できる大きさではない。
8.Beyond the Crossroadsと血管外科からの反発
Scaleaは2020年、Joseph DuBose、Jonathan Morrison、Todd Rasmussen、David V. Feliciano、Ernest E. Mooreとともに、Annals of Surgeryに「Beyond the Crossroads」という論説を発表した[8]。新しい世代の外科医は、損傷血管を素早く展開して制御する準備が十分でなくなりつつある、という主張である。
「lesion vision」とは、画像上の病変を治すことに集中し、多発外傷の患者全体を見失うことを指す。講演では、論説への反発がいかに激しかったかがユーモアを交えて語られた。血管外科の専門誌のニュースでも、多くの血管外科医の反論が取り上げられた。
そのうえでScaleaは問うた。血管外科医が本当に血管外傷を愛しているなら、なぜこれが起き続けるのか。Shock Traumaには年に6〜7回、脛骨高原骨折に膝窩動脈損傷を合併した患者が転送されてくる。紹介元には専門医資格をもつ血管外科医と整形外科医がいるが、どちらも「うちではない」と言う。患者は血管外科医ではないScalea自身が血行再建するが、すでに遅く、多くは切断に至るという。
本稿の補足として、膝窩動脈損傷は虚血許容時間が短く、遅延が切断に直結する代表的な損傷である。一時的血管シャントで血流を先に戻し、骨の固定と血行再建の順番を決める考え方は、当サイトのTemporary Intravascular Shuntの記事で扱っている。
9.手術は量で上達する。判断は没入でしか学べない
講演はここで、外科医をどう育てるかという一般論へ移った。血管外科の教育者の学会が、2日間を「どう人を育てるか」だけに費やすシンポジウムを開いたことを紹介し、Scaleaは話を近代外科研修の始まりまでさかのぼった。
Halstedの理想とピラミッド型研修
Scaleaは、この理想は高かったが、実際の研修は別物だったと続けた。
講演では「8人を剣闘士の闘技場に放り込み、一人が出てくる。ほかは皆ふるい落とされた」と表現された。
1万時間の没入と、年850例の経験
では、どれだけやれば十分なのか。Scaleaは「わからない」と答えたうえで、自身の経験を示した。
手術を教えることを難しくしているもの
Scaleaは、手術の教え方そのものに、指導者と研修医の両方へかかる圧力が増えていると指摘した。
本稿の補足として、このリストは「手術が減った」理由と「手術を任せにくくなった」理由が混在している。新しい薬や内視鏡治療で、かつて手術が必要だった病気の多くが手術なしで治るようになった。一方で、医療安全、訴訟、手術室の効率、勤務時間の制限は、研修医に執刀を任せる余地を狭めている。集約化は患者の転帰を改善するが、集約先以外の施設では研修医が重症例を経験する機会を失う。
AIとシミュレーション
研修医の手術経験を補う方法として、生体動物モデル、献体、シミュレーターが使われているが、いずれにも欠点がある。Scaleaは、AIがすべてを解決するという見方にも触れた。
講演では「香港にいるAIが、拡張現実の世界で自分を導いてくれる。そうなるだろうか。わからない。あり得るかもしれない」と、半ば懐疑的に紹介された。
既存のモデルの中でScaleaが最良とみなすのは、Advanced Trauma Operative Management(ATOM)コースのような、麻酔をかけた生体動物の損傷を扱う訓練だという(音声の書き起こしでは「ANIM」と聞き取られていたが、スライドでATOMと確認できた)。
講演によれば、まだ「政治的に正しく」なかった初期のころの決まりで、動物には輸血する血液もなかったという。それでも足りないのは、手の動きだけでなく判断を教える必要があるからである。
本稿の補足として、これは日本の外傷外科教育にもそのまま当てはまる。日本の多くの施設では、一人の外科医が経験できる重症外傷の手術数が米国の大規模センターより少ない。手技のシミュレーションに加え、複数患者を同時に抱えたときの優先順位づけや、手術室・血管造影室の使い分けを、チームとして訓練する場が必要になる。
10.Shock Traumaは自施設の遅れを公表した
Scaleaは、自施設がどうやって血管内治療の体制を作ったかを具体的に語った。出発点は、2015年のAASTで発表し、2017年に論文化した骨盤骨折出血の研究である[9]。
「私たちは恥をさらした」とScaleaは振り返る。それでも公表を主張したのは、「自分たちがこれほど悪いなら、ほかの施設もそれほど良くはないはずだ」と考えたからだという。原著では、10年間の骨盤骨折4,712例のうち血管造影を行った344例を解析し、死亡は62例(18%)、塞栓までの時間の中央値は344分だった。論文の結論は、腹膜前骨盤パッキング、大動脈バルーン遮断、ハイブリッド手術室を用いたacute care surgeonによる早期介入が、転帰を改善し得るというものだった[9]。なお「死亡の約8割」は著者らの解釈を含む数字であり、直接の死因としては敗血症や多臓器不全も多く含まれている。止血の遅れが後の臓器障害につながったとみる読み方である。
遅れの原因の一つは物理的な距離だった。スライドには、初療室(TRU)から血管造影室(IR)までの航空写真が示された。講演によれば、その距離は1.5ブロックほどあり、「棒人形と二人きりでは寂しい場所だ」と表現された。Shaftanが1984年ごろにScaleaへ贈ったという、「X線室は孤独な場所になり得る」というスライドも紹介された。
その後、新しい建物にハイブリッド手術室を確保した。Scaleaは喜んでIVR医に連絡したが、返事は「行かない」だった。「わかった、こちらも呼ばない」。こうしてMegan Brennerらを迎え、外傷外科が担うtrauma endovascular service(ETS)を立ち上げた。
講演では「断らなかったから症例が増えた」と説明された。IVR医はそれほど関心を持っていなかったが、自分たちのチームは関心を持っていた。そして骨盤や肝臓という重要な領域で、介入までの時間が統計学的に有意に短くなった。原著では、2013〜2018年に血管内治療を要した1,274件の入院を解析し、ETSの症例数は増え、IVRの症例数は減った。骨盤の血管塞栓までの時間の中央値は、ETSで3.0時間、IVRで4.3時間だった[10]。
本稿の補足として、この研究も施設の体制変更の前後を比べた観察研究である。時間短縮の一部は、ハイブリッド手術室という場所の変化による可能性がある。どの職種が担うかと、どこで治療するかを分けて考える必要がある。日本では、救急科医やIVR医が初療室近くのハイブリッドERで塞栓を行う施設も多い。重要なのは職種の名前よりも、出血している患者を待たせない導線である。
11.助けを待てないときのための基本技能
Shock Traumaで働くには、これらが条件になるという。REBOAについては当サイトのREBOAの手技、REBOAのエビデンスヒストリー、骨盤パッキングについてはPreperitoneal Pelvic Packingで詳しく扱っている。
2013年2月18日、最初のREBOA
Shock TraumaのREBOAは、偶然のような一言から始まった。2013年2月18日、当時血管外科フェロー1年目だったMegan Brennerに、手術室の廊下でScaleaが「あのバルーンを持ってOR 4に来てくれ」と声をかけた。Scalea自身は覚えていなかったが、Brennerが誇らしげに話してくれたという。ちょうど4年後の同じ日、彼らは最初の90例をPacific Coast Surgical Associationで発表した。
最初の報告は6例の症例集積で、2012年12月から2013年3月にBaltimoreとHoustonの2施設で行われた[11]。スライドに示された表によれば、REBOA前の収縮期血圧は0〜85 mmHg(1例は心停止)で、留置後は100〜135 mmHgに上昇した。原著では収縮期血圧は平均55 mmHg上昇した。6例中4例が生存し、REBOA自体による合併症はなかった。講演では「うまくいった。誰も出血しなかった」と紹介された。
症例数の偏り:年1例未満は「趣味」
続いてAASTのAortic Occlusion Database(AORTA)の施設別件数が示された。
| 施設 | 件数 |
|---|---|
| R Adams Cowley Shock Trauma Center | 338 |
| Vanderbilt | 158 |
| Denver Health | 151 |
| University of Texas, Houston | 132 |
| Grant Medical Center | 102 |
| Grady Memorial | 78 |
| Orlando Regional | 63 |
| Penn | 40 |
| 20〜39件の施設 | 6施設 |
| 10〜19件の施設 | 8施設 |
| 10件未満の施設 | 29施設 |
Scaleaは、ある程度の症例数があるのは4〜5施設にすぎないと指摘した。同じ登録の2014〜2018年のデータを用いた研究では、期間中のREBOAが10件未満の施設で、調整後の死亡が多かった(OR 1.29)[12]。講演によれば、約10年で10件未満、つまり年に1件程度以下しか使わない施設では、REBOAは「蘇生の道具ではなく趣味だ」という。本稿の補足として、REBOAの臨床研究で結果が施設ごとに大きく揺れる理由の一つは、この経験の偏りにある。手技を導入するだけでなく、使う頻度が少ない施設でどう技能を維持するかが問われる。
12.Bridge balloonとendovascular resuscitation
Shock Traumaは、バルーン遮断を静脈側にも広げている。穿通性外傷による下大静脈(IVC)損傷に、大腿静脈から長い低コンプライアンスのバルーン(bridge balloon)を挿入して損傷部を内腔から塞ぐ方法である。スライドの出典はKulkarniら(2022年)と表記されていたが、対応する論文はHowellら(Kulkarniは共著者)のJournal of the American College of Surgeons 2023年の症例集積と考えられる[13]。
術中写真では、IVCに開いた穴が見えるのに、バルーンが内側から完全に塞いでいるため出血がない。Scaleaは「患者はちゃんと生きている」と笑いを誘い、その間に腎静脈などを落ち着いて剥離できたと説明した。本稿の補足として、IVC損傷、特に肝後面や腎静脈分岐部付近の損傷は、圧迫や遮断をしても側副路から出血が続き、展開そのものが致命的になり得る。出血を内腔から抑えてから展開するという順序の逆転が、この手技の意味である。
Scaleaはこれを「endovascular resuscitationの時代」と呼んだ。SAAPのカテーテルは「毎年今年出ると言われるが、まだ待っている」という。
一人の患者に全部を使う
その具体例として、Shock Traumaの2026年の「Gala Hero」に選ばれた患者が紹介された。
7回の手術をすべて担当した外科医はScalea自身だった。患者は現在、大学のフットボール場に戻っているという。「これがendovascular resuscitationだ」。
本稿の補足として、この症例は一つの手技の成功ではなく、REBOA、bridge balloon、ダメージコントロール手術、大量輸血、ECMO、腎代替療法を、同じチームが途切れずにつないだ結果である。輸血の供給体制についてはMTPのエビデンスヒストリー、ダメージコントロールについてはダメージコントロール手術のエビデンスヒストリーも参照してほしい。
13.血管内治療を院外へ、境界をなくす
Scaleaは次に、血管内治療を病院の外へ持ち出す必要性を述べた。示されたのは、Zaffer Qasimらの論文(スライドの表記は2022年)に掲載された、SPARCチームの概念図である。講演ではShock誌に掲載されたと説明されたが、本稿では原著を特定できなかった。
Shock Traumaでも、Rishi Kundiが医療責任者を務めるGO-TEAMが現場へ出動している。Scaleaは「ハイブリッドERを見るのが待ちきれない」と述べ、続けて大阪大学のスライドを示した。
本稿の補足として、日本で発展したハイブリッドERを、米国の外傷外科の重鎮が「これから見たいもの」として紹介したことは、日本の読者にとって注目に値する。Scaleaの主張は、蘇生と手術、院内と院外という段階の境界(silo)をなくし、止血までの流れを途切れさせないことにある。
14.「なぜ他科を呼んだ?私を呼べ」
講演では、朝来ると夜間チームが泌尿器科を呼んで処置を済ませていたという場面が語られた。Scaleaの反応は「なぜ私を呼ばなかった。やり方を教えるのに」だった。特定の作業だけを頼むならコンサルトで構わない。しかし患者全体の管理を手伝ってほしいなら、それはコンサルタントの役割ではないという。
現在のShock Traumaでは、外傷外科医の一部が、複雑な損傷ごとの「院内コンサルタント」になっている。スライドに示された分野は、血管、血管内治療、四肢・軟部組織、肝胆膵、胸部、心臓、泌尿器、胸壁固定である。若手の教員も必ず連れて行く。「彼らは学ばなければならない」。
私たちの代わりは誰が務めるのか
Scaleaは、2015年のAAST会長講演(2016年に論文化)で紹介した症例を再び示した。膵頭部と十二指腸の重度損傷に対して、膵頭十二指腸切除と結腸切除を5時間弱で行った。外傷でWhippleを経験していたのはScaleaだけで、膵空腸吻合のinkwell法を知っていたのも彼だけだった。若手教員とフェローが全ての糸をかけ、Scaleaは一針ごとに見守り、落とし穴を指摘した。彼はルーペが必要だったが、若手は不要だった。それでも彼がいなければ、結果は違っていたかもしれない。講演は、同じことはどのセンターでも起きている、私たちの代わりを誰が務めるのか、今こそ計画を立てるべきだ、と結ばれている[14](スライドの英文を本稿で要約した)。
講演では、最近の症例でも、手術チームに若手教員を加えて「自分がいなくなったときにできるように」指導していると語られた。本稿の解釈として、この逸話は血管外傷に限らない。症例数が限られる高度な外傷手術では、執刀できる人が一人しかいない状態そのものがシステムの弱点になる。
15.外傷外科医に血管を教えるか、血管外科医に外傷を教えるか
「公の場で『あきらめた』と言うのはこれが初めてだ」とScaleaは述べた。その前に示されたのが、ACS向けに作った血管内治療カリキュラムのデータである。スライドの表記は2019年だが、論文は2021年に掲載された[15]。
| 手技 | VS | IR | ETSでの6か月 |
|---|---|---|---|
| 血管アクセス | - | 100 | 106 |
| 血管造影 | 100 | 200 | 182 |
| 治療的手技 | 50 | 50 | 145 |
| ステント留置 | 20 | 25 | 14 |
講演によれば、1年間、1日おきにETSの当直に入れば、専門医資格に必要な経験を積めるだけの件数になり、症例数は年々増えている。それでも、ACSフェローに血管外科を習得させる方向はうまくいかなかった。
ACSフェローの自信は上がったが、十分ではない
最新のデータとして、プログラム責任者とACSフェロー・最近の修了者へのアンケート調査が示された(Akamら、2026年)。講演ではJournal of the American College of Surgeonsに投稿したばかりと説明され、本稿執筆時点で論文は確認できなかった。数値はスライドによる。直視下の血管損傷9領域について、フェローシップ前後の自信の程度を尋ね、プログラム責任者には各領域の習熟の重要性を評価してもらった。講演では、血管内治療ではなく、あくまで直視下手術の話だと強調された。
本稿の補足として、これは自己評価による自信の調査であり、実際の手術成績を測ったものではない。それでも、短期の講習が効かず、実際の手術件数が自信と関連したという結果は、前半の「量が人を上達させる」という主張と一致する。
血管外科医向けの外傷フェローシップ、2027年8月開始
Scaleaは、さらに1〜2年の研修を追加すると提案しても、今のフェローは「やりたいが、同じ時間でできるならね」と答えるだろうと述べた。そこで方針を転換した。
このフェローシップについて、本稿執筆時点では公開された募集情報を確認できなかった。内容は講演とスライドによる。
質疑では、資金をどうするのかという質問が出た。Scaleaは、大学の血管外科と提携し、フェローが夜間の当直を担うことで給与の一部をまかなう計画だと答えた。そして「この年齢になった私の仕事は、良いアイデアを出すことで、どう払うかを考えるのは他の人たちだ」と会場を笑わせた。1施設だけで国全体の人材は育てられないが、関心を広げるきっかけにはなるという。
16.質疑応答から
血管外科の側からの声
最初の質問者は血管外科医で、研修の根本的な問題には同意したうえで、血管外科医は外傷の方針決定に関与できず、外傷当直に報酬もなく、徹夜明けにも待機手術の予定が入っていると指摘した。血管外科の学会は血管外傷の人材に関するワーキンググループを作り、ACS外傷委員会やAASTとも連携しているという。単発の「外傷もやる血管外科医」では足りないという意見だった。
一人がすべてをこなすべきか、チームか
別の質問者は、Scaleaのような経験を将来の外傷外科医が積むことは現実的でなく、展開、吻合、蘇生をそれぞれ得意な人がチームで担うべきではないかと問うた。Scaleaは「わからない。そうかもしれない」と答えつつ、最も我慢ならないのは、外傷外科医が「それは血管外科の担当だ」と責任を放棄することだと述べた。チームを組むことには賛成だが、誰が何を担うかを決める前に、まず専門性を持つ人を集める必要がある。Shock Traumaでは、患者が危機的な状況でも、血管外科出身のメンバーが外傷の訓練を受けているため、患者が死にかけている横で6-0の吻合を続けるようなことはないという。
症例数の少ない欧州や日本ではどうするか
オランダからの質問者は、欧州では外傷症例が米国の10分の1程度しかなく、集約化しても一人あたりの症例数は少ないと指摘した。Scaleaは、患者を資源のある施設に集めるMarylandの外傷システムも、悪天候でヘリが飛べないと苦しむと応じた。最近は、外傷センターではない救急外来に置き去りにされた銃創患者のもとへ、自分が出向いて手術することもあるという。患者の分配、資源の分配、人の育て方を合わせて考える必要がある。
日本のacute care surgeonからは、四肢の血管損傷で骨の固定や軟部組織の被覆も必要な場合、一人のACSがすべてを担えるかという質問が出た。Scaleaは、acute care surgeryが始まった2000年代初頭に、欧州の外傷外科医のように創外固定や開頭も担うべきだという議論があったが、整形外科や脳神経外科に受け入れられなかったと振り返った。Shock Traumaでは、初日の夜は自分が血管を担当し、整形外科が創外固定をかけ、翌日の明るい時間に再度デブリードマンして被覆を判断する。形はどうであれ、患者が必要とするときに必要な処置をすべて提供できる形でなければならない、というのが答えだった。
動機づけについて問われると、Scaleaは母親から何度も言われた「自分のことより先に、人のために」という言葉を挙げ、そう生きてきたし、そう生き続けると述べた。そのうえで、同じことを他の人に求めはしないとし、「一人はシステムではない。システムこそがシステムだ」と付け加えた。
まとめ 血管の技術と患者の全体像を、同じチームの中でつなぐ
Scaleaの講演は、血管内治療の進歩を称える話ではなかった。外傷への血管内治療は、骨盤の血管造影から脾動脈塞栓、TEVAR、REBOA、bridge balloonへと広がり、多くの患者を救ってきた。一方で、専門分化と研修制度の変化によって、血管を直せる人と、外傷患者の全体を理解する人が、別々の人になりつつある。講演の問いは、その間に患者が落ちないようにするにはどうすればよいか、ということだった。
Shock Traumaの答えは、外傷外科医が血管内治療を担うサービスを作り、全員に最低限の血管・血管内の技能を求め、複雑な損傷には院内の専門家を置き、そして次の世代として血管外科医に外傷を教えることである。本稿の解釈として、日本の状況は米国と同じではない。外傷症例は少なく、救急科医、外科医、IVR医、血管外科医の役割分担は施設によって大きく異なる。それでも、自施設で血管外傷の患者が来たとき、展開、修復、血管内治療、蘇生、集中治療を誰がどの順番で担うのかを、当直の夜ではなく今のうちに決めておくことは、どの施設にも当てはまる課題だろう。
参考文献
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文献確認の範囲
講演内容は、会場で記録した音声の書き起こしとスライドの写真から再構成した。音声の自動書き起こしには人名や数値の誤りがあり、スライドで確認できるものはスライドを優先した。外科教育を扱った部分(Halsted、1万時間、年850例、シミュレーション)は、公開後に届いたスライドの写真で内容を確認し、追記した。
参考文献は、主に書誌情報と著者抄録で確認した。スライドの数値と抄録の記載が異なる箇所(鎖骨下動脈損傷の死亡率、1995年の脾温存率)は本文で両方を示した。次の項目は本稿で原著を確認できず、講演とスライドの記載にとどめた:Atlantaでの血管外科関与0%から70%という数値、統合型レジデントの展開0.81例と修復4.98例などの症例ログの個別数値、Qasimらの病院前治療の論文、Akamらのアンケート調査(投稿中)、Shock Traumaの血管外科医向けフェローシップ、「Immersion Method」のスライドに出典として記載されたAmerican Journal of Surgery 2012年の論文。Margoliesら(1972年)はPubMedに抄録がなく、スライドに示された抄録の内容を記載した。
本稿は医療従事者への教育を目的とした講演レポートであり、個別患者の診断・治療を代替しない。講演者の見解と本稿の解釈を区別して記載したが、講演内容の正確な記録が必要な場合は、学会の公式資料を参照してほしい。

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