後腹膜出血・後腹膜血腫の初期対応|Zone分類、開く判断、手術・IVR

後腹膜出血・血腫|Zone分類・手術・IVRのアイキャッチ

後腹膜出血では、FASTが陰性でも大量出血を否定できない。そして開腹して血腫を見つけても、すべてを開けばよいわけではない。被包された血腫を不用意に開放すると、保たれていた圧迫効果が失われ、制御しにくい出血に変わる。一方、必要な探索を見送れば、大血管損傷や消化管損傷を見逃す。

この記事では成人の外傷性後腹膜出血を中心に、Zone I–IIIの解剖、循環動態に応じた画像診断、血腫を開く判断、手術・TAE・骨盤パッキング・REBOAの役割、止血後の監視を整理する。抗凝固薬関連の自然発症出血と医原性出血は、外傷の探索原則をそのまま当てはめないため、別に扱う。

目次

最初に押さえる6つのポイント

  1. FAST陰性は後腹膜出血の除外にならない。腎・後腹膜損傷の評価には限界がある。[2]
  2. 循環が保てなければ、止血へ直結する経路を選ぶ。一時的な血圧回復を理由にCT室へ送り出さない。[5][6]
  3. Zone Iは中央、IIは側方・腎周囲、IIIは骨盤。REBOAのZone分類とは別である。[1]
  4. 鈍的損傷の安定した腎周囲・骨盤血腫は、通常むやみに開放しない。拡大・拍動・破裂、大血管損傷や他臓器損傷で判断が変わる。[1][3]
  5. TAE・PPP・血管修復は、それぞれ対象とする病態が違う。方法名ではなく、出血源と止血までの時間で組み合わせる。[4]
  6. 止血後にも見逃し・虚血・再出血が残る。尿量、乳酸、Hb、輸血需要、腹部所見を追い、尿路・膵十二指腸・腸管損傷を再評価する。

1.後腹膜は「一つの空洞」ではない

後腹膜は後壁側腹膜の背側に広がり、腎周囲、前・後腎傍腔、筋膜間など複数の区画からなる。大血管、腎・尿管、膵・十二指腸の多くの部分、上行・下行結腸の固定部などが関係する。骨盤内の腹膜外組織とも連続し、血液が病変から離れた場所へ広がることがある。血腫が最も大きい位置が、必ずしも出血点ではない。

外傷外科で用いる3つのZoneは、血腫を見た際に疑う損傷と到達法を整理するための区分であり、厳密な筋膜区画の代用ではない。中央Zone Iは上・下の横行結腸間膜レベルに分けて考え、肝門部・肝後面は特殊な領域として評価する。[1]

前方から見た後腹膜の模式図。中央Zone I、左右腎周囲Zone II、骨盤Zone IIIと大動脈・下大静脈の位置
図1.後腹膜血腫のZone分類。臓器と境界の位置を単純化した独自模式図。REBOAの大動脈Zoneとは対応しない。[1,2,4]
領域主に疑うもの判断へのつながり
Zone I:中央大動脈、下大静脈、主要分枝。上部では膵・十二指腸等原因未評価の外傷性血腫は探索を基本に考える。制御の準備が必要
Zone II:側方・腎周囲腎実質・腎血管、尿管、結腸等腎損傷の出血を開放して悪化させない。尿路・消化管の合併損傷は別評価
Zone III:骨盤腸骨血管、骨盤静脈叢、骨折面。直腸・膀胱・尿道等骨盤安定化、腹膜外パッキング、TAE、血管修復を使い分ける

大動脈は通常正中より左、下大静脈は右に位置するため、患者を前から見る図では左右が読者と逆になる。ただし血腫や解剖学的変異で臓器は移動する。図の色を頼りに術中の構造を推測するのでなく、画像・拍動・走行・隣接関係を一つずつ確認する。

2.どんなときに疑うか:陰性所見で安心しない

高エネルギーの減速、骨盤骨折、側腹部への打撲、背部や側腹部の穿通創、抗凝固薬内服、最近の大腿動脈穿刺・カテーテル治療などが手掛かりになる。腹痛・側腹部痛・背部痛、説明できない頻脈や低血圧、進行する貧血、輸血需要があれば出血源に含める。皮下出血が乏しいこと、腹膜刺激徴候がないことは安心材料にならない。

FAST・Hb・血尿の落とし穴

  • FAST:主に腹腔内などの液体貯留を迅速に評価する検査で、後腹膜全域を除外する検査ではない。WSES-AASTは腎外傷に対するE-FASTの診断性能の限界を明示している。[2]
  • Hb:受傷直後の値だけでは出血量を反映しないことがある。輸液・輸血による変化も受けるため、循環、乳酸、必要輸血量と時系列で読む。[5]
  • 血尿:腎・尿路損傷の手掛かりだが、血尿がなくても高エネルギー減速などでは重大な腎血管損傷を疑う。尿が出ていることだけで片側の腎機能を保証できない。[2]

本稿の初療の整理:後腹膜だけに診断を絞らず、胸腔、腹腔、骨盤、長管骨・軟部組織、外出血を並行して検索する。必要な大量輸血、保温、凝固評価・補正を始め、外傷外科・放射線科・血管外科・泌尿器科・整形外科を、疑う病変に合わせて早期に呼ぶ。複数科への依頼だけで責任が分散しないよう、止血経路を決める担当者を明確にする。

蘇生は止血と同時に行う

欧州出血ガイドライン第6版は、頭部外傷を伴わない患者の止血前に制限的な輸液と収縮期血圧80–90 mmHgを目標とする戦略を推奨している。ただし頭部・脊髄損傷などでは同じ目標を適用しない。乳酸・凝固・体温・イオン化カルシウムなどを追い、晶質液で正常血圧を作り続けるのではなく出血を制御する。これは後腹膜に特化したRCTに基づく閾値ではない。[5]

JATEC第6版の公式改訂概要は、循環が明らかに破綻していれば初期輸液への反応を待たず、蘇生的止血と大量輸血プロトコルを発動すること、トラネキサム酸を受傷早期に投与することを強調している。個々の薬剤投与は時間・禁忌・施設プロトコルを確認する。[6]

3.CTを撮るか、直ちに止血へ進むか

「血圧が一回90を超えた」だけではCTへ安全に移動できるとは言えない。輸血を続けないと保てない、短時間で再低下する、意識・末梢灌流が悪い、といった状態では持続出血を想定する。ハイブリッド救急室、手術室との距離、画像撮影中の蘇生能力で許される選択は変わる。

循環不安定なら止血へ、安定が維持できる場合は造影CTで責任病変を特定するフロー
図2.循環動態と止血までの時間を軸とする教育用フロー。安定化と画像診断の可否は施設条件を含めて判断する。[2,4–6]
状態基本的な方針避けたい誤り
蘇生しても維持できない/急速に悪化想定出血源に対して直ちに止血できる場所へ。必要に応じ開腹・PPP・IVRを組み合わせるすべての検査がそろうまで止血を待つ
反応はあるが輸血依存・再低下あり一過性反応として扱い、外科・IVRを同時準備。CTの時間と監視能力を評価一度の血圧改善を「安定」と記録する
灌流と血圧が継続して維持される造影CTで責任病変・併存損傷を同定し、選択的治療へ最初のCTが陰性なら以後の症状変化を無視する

造影CTで読むべき項目

  1. 分布:腎周囲・中央・腸腰筋・骨盤のどこから広がっているか。腹腔内への破綻はないか。
  2. 血管:造影剤漏出、仮性動脈瘤、途絶、解離、臓器灌流不良を探す。
  3. 尿路:腎損傷・尿管損傷が疑われる場合、遅延排泄相を追加して尿漏を確認する。[2]
  4. 消化管・膵:遊離ガス、壁異常、周囲液体、膵周囲の変化などを確認し、初回CTの限界を残す。[7]
  5. 骨盤と軟部組織:骨折、筋内出血、損傷血管との位置関係を評価する。

動脈相での漏出は重要な所見だが、撮影時の低血圧、間欠的出血、撮影タイミングで見えない場合がある。骨盤外傷の指針も、blushがないことは活動性出血の除外にならないとする。逆に漏出があっても、臓器・循環・輸血需要・治療可能性を含めて介入を判断する。[4]

CT読影を依頼する際は「後腹膜血腫あり」で止めず、「責任血管はどこか」「主要血管損傷か分枝か」「尿漏か血液か」「腸管・十二指腸の合併損傷はないか」と問いを具体化する。放射線科との短い対話が、単に画像を追加するより次の処置を早めることがある。

4.開腹時:血腫を開く/開かない判断

以下は開腹して外傷性後腹膜血腫に遭遇した場面の原則である。循環が安定しCTで病変を評価できている患者に、Zone番号だけで新たに開腹を強制する規則ではない。血腫の「安定」と患者の「循環安定」も区別する。前者は主に非拡大性・被包性などの性状を指す。

中央、鈍的腎周囲、鈍的骨盤、穿通性損傷で異なる後腹膜血腫の探索原則と例外
図3.開腹時の探索判断。特に「循環が不安定でも、非拡大性のZone II血腫を自動的に開けない」点を明記した。[1–4]

Zone I:中央血腫は大血管損傷を想定する

十分に評価されていない外傷性の中央血腫は、大血管や重要な腹部臓器の損傷を疑い、原則として探索を考える。ただし血腫の上をまず切開するのではなく、中枢・末梢側をどう制御するかを先に決める。術前CTで同定された選択的治療可能病変、肝後面の被包血腫などは別に扱う。大血管損傷を強く疑いながら、血管鉗子・輸血・支援術者の準備がないまま血腫を崩すことは避ける。[1]

Zone II:鈍的な腎周囲血腫は、開けない判断も重要

被包され、拡大せず、術前画像で評価されている鈍的腎周囲血腫は通常そのまま保つ。拍動、急速な拡大、破裂・持続出血、腎血管損傷などがあれば介入を検討する。EAST 2023は、循環不安定の成人でも術中のZone II血腫自体が安定していれば、腎探索を行わない方を条件付きで推奨した。患者のショックが別の出血源による可能性を探すためである。[3]

この推奨は「腎出血で失血していても放置する」という意味ではない。WSES-AASTは、制御不能な致死的出血、腎茎損傷、拡大性・拍動性血腫、持続する腎静脈出血などを手術の判断材料としている。腎温存は重要だが、救命に必要な止血を遅らせない。[2]

ACSの2025年泌尿生殖器損傷指針も、循環が安定または安定化し、他に開腹を必要とする損傷がない場合には、高グレードを含めた腎損傷で非手術管理を検討する。これは無処置で帰すという意味ではなく、病変評価、継続監視、必要時の塞栓・手術への移行を含む管理である。[12]

Zone III:鈍的骨盤骨折の血腫を腹腔側から開かない

骨盤骨折に伴う被包血腫は、腹腔側から不用意に開いて圧迫効果を失わせない。骨盤安定化、PPP、TAEを出血の性状・循環・施設条件で組み合わせる。ただし腸骨血管の明らかな損傷、下肢虚血、尿路・直腸損傷などはそれぞれ治療が必要であり、「Zone IIIだから何も触らない」という意味ではない。[1][4]

穿通性損傷:探索の閾値を下げるが、一律ではない

穿通創では血管だけでなく尿管・消化管損傷が隠れ得る。創の入口と出口だけから軌道を決めつけず、十分に画像評価されていない後腹膜血腫は積極的な探索を考える。一方、安定し、CTで限局的な末梢腎実質損傷などが評価され、持続出血や他臓器損傷がなく厳密に監視できる選択例では非手術管理が可能である。[1][2]

肝後面の血腫は特殊な問題

肝後面の被包血腫は、下大静脈や肝静脈系の損傷を含み得る。安易な肝の授動で破綻させると極めて制御困難になる。WTAは、破裂・拍動・拡大がない被包血腫を不用意に開放しない方針を示している。中央に近いというだけで、通常のZone I血腫と同じ操作を当てはめない。[1]

5.外科的露出:術式名より「何を制御したいか」

以下は到達法の位置づけであり、実施手順を代替するものではない。血腫で解剖が変形した症例では、露出中に血管や腸管を追加損傷する可能性がある。外傷外科・血管外科の支援、輸血、必要な器具を準備し、制御・修復・一時的止血の計画を共有する。

到達の考え方主な対象注意点
左内側臓器回転(Mattox法の考え方)上腹部大動脈・主要分枝など左~中央の深部腎を含めるか等は目的で変わる。脾・膵・腎血管の牽引損傷に注意
右内側臓器回転(Cattell–Braasch法の考え方)下大静脈、右後腹膜、十二指腸周囲右結腸・小腸間膜の授動と十二指腸の展開を対象に合わせる
Kocher授動十二指腸後面・膵頭部背側と周辺見える範囲に限界があり、広範な血管露出のすべてを代替しない
腎・腸骨血管への選択的露出責任臓器・血管の制御血腫開放前に制御可能部位を確認。尿管と静脈の位置にも注意

WTAの腹部血管外傷アルゴリズムは、中央上部・下部、腎周囲、骨盤などに応じた露出と血管制御を示す。実際には出血の勢い、破裂しているか、合併汚染、術者の習熟度で優先順位が変わる。[1]

本稿の術中判断の整理:①本当にこの血腫がショックの責任病変か、②開けるときに中枢側・末梢側をどう押さえるか、③修復に耐えられる生理状態か、④一時的止血やシャント等から段階的治療へ移るべきか、を短く共有する。原因がわからないまま盲目的に鉗子をかけたり、長時間の精密修復に固執したりしない。

低体温・凝固障害・重い循環不全が進む場合には、短時間で止血と汚染制御を達成して蘇生を続けるDamage Control Surgeryを考える。腹部を閉じること自体が高い圧を生む場合は一時的閉腹も含めて評価する。詳細はDamage Control SurgeryとTemporary Abdominal Closureを参照。

6.TAE・PPP・REBOAは何が違うのか

手段主な役割限界
TAE(経カテーテル動脈塞栓術)到達できる動脈性出血の選択的止血主要静脈損傷や消化管穿孔を治せない。血管閉塞による臓器虚血も考える
PPP(腹膜外骨盤パッキング)骨盤安定化と組み合わせ、骨盤内出血を圧迫する動脈性出血が残ればTAEなどが必要。腎・上腹部出血には同じ手技を適用しない
血管修復・一時的シャント等大血管の出血制御・血流再建生理状態、汚染、損傷範囲、血管外科的技能に制約される
REBOA一時的な血流制御。EAST 2025は不安定な横隔膜下出血で使用しない方向の条件付き推奨出血源を治さない。虚血・再灌流、血管損傷、根治止血の遅れが問題

骨盤:PPPとTAEを二者択一にしない

骨盤では動脈だけでなく静脈叢や骨折面からも出血する。骨盤を安定化し、すぐ実施できる手段と病態を合わせる。IRの開始に時間がかかる不安定例ではPPPが役立つ場面があり、PPP後も動脈性出血が残ればTAEを追加する。TAE後に循環が回復しなければ、別の出血源や持続する静脈性出血を再評価する。WSESの推奨は主として観察研究・専門家合意に基づき、どの施設にも通用する固定順序の証明ではない。[4]

バインダーは大転子レベルを意識して装着し、骨盤輪損傷の形態と皮膚への影響を確認する。PPPは適切な腹膜外の経路で骨盤の出血を圧迫する手技であり、腹腔側から被包血腫を大きく開けて詰める操作と同一ではない。具体的な手順はPreperitoneal Pelvic Packingを参照。[4]

腎・腰動脈など:TAEで温存を目指す場面

循環が安定または安定化でき、責任動脈が同定される腎出血などでは、選択的TAEによって手術や腎摘を避けられる場合がある。塞栓範囲は止血と臓器温存のバランスで決める。血管造影で出血が見えない場合も、直前のCT、血圧、間欠的出血の可能性を見直す。EAST 2023は安定成人の進行出血におけるTAEと観察の直接比較について、根拠不足で一方向の推奨を出せなかった。これはTAEの役割がないという意味ではない。[2][3]

REBOA:挿入できることと、利益があることは別

2025年の更新:EASTは、横隔膜下出血によって循環不安定な外傷患者に対して、REBOAを使用しない方向の条件付き推奨を示した。骨盤骨折のサブグループでも利益は確認されず、統合した根拠の確実性は非常に低い。したがって本稿では通常の止血経路にルーチン追加する手段として扱わない。例外的使用を検討する場合にも、症例選択の不確実性と根治止血を遅らせる危険を共有する。外傷性心停止は指針で別に検討されており、同じ推奨にまとめない。[11]

後腹膜血腫のZone I–IIIと、REBOAの大動脈Zone I–IIIを混同しない。骨盤だけの出血が想定される場合と上腹部出血を含む場合では必要な遮断位置が異なる。適応判断には胸部出血・大動脈損傷などの評価、根治止血へ直ちに移行する体制、遮断時間と解除後の蘇生計画が不可欠である。[4]

UK-REBOA試験では90日死亡がREBOA追加群25/46例(54%)、標準治療群18/43例(42%)だった。OR 1.58、95%信用区間0.72–3.52、死亡増加の事後確率86.9%であり、ルーチン追加の利益を支持しない。重症体幹出血を対象とした試験で、すべての選択的骨盤使用に同じ結論を直接当てはめることはできないが、「血圧が上がったから有効」という評価は不十分である。[8]

7.自然発症・医原性後腹膜出血は別の枠組みで考える

自然発症出血は、明らかな外傷・手術・血管穿刺などを伴わずに生じる後腹膜出血を指す。抗凝固薬内服、腎機能低下などを背景に腸腰筋や後腹膜に出血することがある。CTでは血腫と活動性出血を評価すると同時に、大動脈瘤破裂や腎腫瘍などの原因病変を探す。「自然発症」と呼ぶ前に病歴と画像を見直す。[9]

循環が維持でき、輸血や必要な凝固補正後に出血持続の徴候が収まれば、監視下の保存治療が成立する場合がある。活動性出血と循環悪化が続く、輸血需要が大きい、症状・神経障害・圧迫所見が進行する場合は、IVRや外科的介入の検討を進める。血腫が大きいという理由だけで、まずドレナージや開放を行うことは避ける。[9]

Lukiesらの後ろ向き研究54例では、初期保存治療38例中36例、初期塞栓16例中9例で臨床的成功が得られた。ただし塞栓群にはショック、CT上の活動性出血、輸血量の多い患者が偏っていた。保存治療が塞栓術より優れていることを示す比較ではない。重症患者ほど介入を選ばれる、適応による交絡の典型として読む。[9]

医原性出血では、最近の大腿動脈穿刺や血管処置、抗凝固の使用を確認する。穿刺部皮下に目立つ血腫がなくても後腹膜側に出血し得る。損傷部位が腸骨・大腿動脈か分枝かで、圧迫、バルーン、被覆ステント、塞栓、外科修復の選択は変わる。これは外傷性Zone分類だけで決められないため、施行チームと血管・IVRチームが直ちに情報を共有する。

抗凝固薬の中断・中和は、出血の重症度、薬剤名、最終内服、腎機能、血栓リスクに応じて判断する。個別の中和薬と用量は抗凝固薬内服中の外傷を参照し、現行の国内添付文書・院内採用状況を確認する。本稿では薬剤ごとの承認条件や算定を確定していない。

8.止血後に追うもの:血圧が戻れば終了ではない

問題拾い上げる手掛かり考える対応
再出血・残存出血再頻脈、乳酸悪化、Hb低下、輸血需要再増大他の出血源も含め再評価。状態に応じ再CT・再造影・再手術
腎・腸管・下肢の虚血尿量低下、腎機能悪化、腹痛、下肢冷感や脈拍変化塞栓範囲、血管損傷、再建・REBOA後の血流を確認
尿漏・尿路閉塞発熱、増大する液体貯留、持続痛遅延相や適切な尿路画像を追加し泌尿器科と判断
膵・十二指腸・腸管損傷持続/増悪する腹痛、炎症、ガス・液体の増加初回CTを再読影し、診察と再画像・探索を検討
腹部コンパートメント症候群腹部緊満、乏尿、気道内圧上昇、循環悪化腹腔内圧を測定し臓器障害と併せて評価

WSACSの定義では、腹部コンパートメント症候群は持続する腹腔内圧>20 mmHgに、新たな臓器機能障害・不全を伴う状態である。巨大な後腹膜血腫、浮腫、蘇生の影響などが腹部の圧負荷につながるため、開腹していない患者でも考慮する。減圧を考える際も出血再燃への備えが必要となる。[10]

膵・十二指腸損傷が強く疑われるのに初回CTが陰性または非特異的で、循環が安定し腹痛などが続く場合、WSES-AASTは12–24時間以内の再CTを検討するとしている。これは悪化している患者をその時刻まで待たせる指示ではない。尿路損傷の再画像も、損傷の重症度・尿漏・臨床経過に合わせる。[7][2]

9.エビデンスの強さと、日本での実装

根拠読み取れること限界
WTA腹部血管外傷アルゴリズム [1]部位別の血腫探索と血管制御の原則外科的経験・観察研究に基づく部分が多く、Zone別RCTではない
EAST成人腎外傷2023:20論文、前向き研究は2件 [3]安定したZone II血腫を不用意に開けない方向。必要な探索では腎温存を検討大半が後ろ向き単施設研究。条件付き推奨で、生命危機での止血を妨げない
WSES骨盤外傷2017 [4]循環・機械的不安定性・施設体制を合わせて治療古い指針であり、TAEとPPPの最適順序を強い比較試験で確立したものではない
UK-REBOA RCT [8]重症体幹出血へのREBOAルーチン追加を支持しない少数例、実施状況・治療時間の影響。特定部位の最適な選択的使用は残る課題
EAST REBOA 2025:31研究の統合 [11]不安定な横隔膜下出血で、使用しない方向の条件付き推奨根拠は非常に低い確実性。例外的使用の利益を予測する条件は未確立
自然発症出血の54例研究 [9]選択された患者では保存管理が成功し得る治療群の重症度が異なり、塞栓の有効性を否定できない

本稿の日本への適用提案:JATECの循環評価から、止血可能な施設・部署へ切れ目なくつなぐことを優先する。24時間のTAE、PPPを行える術者、大血管の修復、輸血供給がそろうかは病院ごとに異なる。ハイブリッド設備がある施設の流れを、搬送と人員招集が必要な施設へそのまま移すと止血が遅れる。

院内では、①誰が止血経路を決めるか、②夜間に最短で使える手段は何か、③手術室とIVRを同時に起動できるか、④転送の判断をいつ行うか、⑤搬送中にどの蘇生を継続できるか、を具体化する。外傷へのTAEやREBOAは、器具を持つことだけでなく、合併症に対応できる訓練・支援体制まで含めて整備する。

使用する塞栓物質、血管内デバイス、抗凝固薬中和薬等は国内添付文書と院内運用を確認する。海外ガイドラインに載っている手段が、国内で同一条件の承認・保険算定を持つとは限らない。本稿は製品別のPMDA承認範囲と2026年度算定の網羅的確認は行っていない。JATECは公開改訂概要を確認した範囲で参照し、書籍本文を照合したとは扱わない。

10.教育用の3場面で考える

仮想例A:FAST陰性、骨盤骨折、輸血を止めると血圧低下。FAST陰性を「体幹内出血なし」と読まない。骨盤を安定化し、胸腹部など他の出血源を確認しつつ、最短のPPP/TAE等への経路を選ぶ。CTの有無より、止血までの時間と途中の蘇生を評価する。

仮想例B:腹腔内出血で開腹し、非拡大性の腎周囲血腫も発見。別の責任出血源が処置できたなら、腎周囲血腫を「念のため」開かない。術前CT、血腫の性状、尿路や結腸損傷の可能性を確認し、必要な術後評価を計画する。

仮想例C:抗凝固薬内服中、外傷歴なし、腸腰筋血腫。薬剤・腎機能・CT上の活動性出血・輸血需要を整理する。蘇生と適切な凝固補正で安定するなら監視下で保存管理を検討できるが、進行する出血や神経障害を見逃さない。これらは実患者の提示ではなく、判断原則を確認する教育例である。

引き継ぎは「血腫あり」より具体的に

受傷機転・時刻、循環と輸血需要の推移、血腫のZoneと責任病変、CTの相と未評価の臓器、実施した止血法、残る疑い、再介入の条件を伝える。特に「開けなかった血腫」は、なぜ開けなかったかと、何が変われば介入するかまで記録する。

関連記事

参考文献・確認範囲

  1. Feliciano DV, Moore EE, Biffl WL. Western Trauma Association Critical Decisions in Trauma: Management of Abdominal Vascular Trauma. J Trauma Acute Care Surg. 2015;79:1079–1088. WTA公式PDF.Zone、血腫探索、臓器回転・血管制御の関連節確認。
  2. Coccolini F, et al. Kidney and uro-trauma: WSES-AAST guidelines. World J Emerg Surg. 2019;14:54. doi:10.1186/s13017-019-0274-x.FAST、CT遅延相、腎出血・探索の関連節確認。
  3. Aziz HA, et al. Management of adult renal trauma: a practice management guideline from the Eastern Association for the Surgery of Trauma. BMC Surg. 2023;23:22. doi:10.1186/s12893-023-01914-x.20論文の構成、各PICOと結論を確認。
  4. Coccolini F, et al. Pelvic trauma: WSES classification and guidelines. World J Emerg Surg. 2017;12:5. doi:10.1186/s13017-017-0117-6.画像、骨盤安定化、PPP、血管内治療の関連節確認。
  5. Rossaint R, et al. The European guideline on management of major bleeding and coagulopathy following trauma: sixth edition. Crit Care. 2023;27:80. doi:10.1186/s13054-023-04327-7.初期蘇生、血圧目標、モニタリングの推奨を参照。
  6. 日本外傷診療研究機構. JATECコースに関連する改訂の概要(改訂第6版). 公式公開資料.循環破綻時の止血・大量輸血、トラネキサム酸の改訂点を確認。書籍本文とは区別。
  7. Coccolini F, et al. Duodeno-pancreatic and extrahepatic biliary tree trauma: WSES-AAST guidelines. World J Emerg Surg. 2019;14:56. doi:10.1186/s13017-019-0278-6.初回CTの限界・再CT推奨の関連節確認。
  8. Jansen JO, et al. Emergency Department Resuscitative Endovascular Balloon Occlusion of the Aorta in Trauma Patients With Exsanguinating Hemorrhage: The UK-REBOA Randomized Clinical Trial. JAMA. 2023;330:1862–1871. doi:10.1001/jama.2023.20850.主要結果と信用区間を確認。
  9. Lukies M, Gipson J, Tan SY, Clements W. Spontaneous Retroperitoneal Haemorrhage: Efficacy of Conservative Management and Embolisation. Cardiovasc Intervent Radiol. 2023. doi:10.1007/s00270-023-03359-4.本文の群構成・臨床的成功・交絡を確認。
  10. World Society of the Abdominal Compartment Syndrome. Consensus definitions and recommendations. WSACS公式資料.腹部コンパートメント症候群の定義を確認。
  11. Harfouche MN, et al. Resuscitative Endovascular Balloon Occlusion of the Aorta in surgical and trauma patients: a systematic review, meta-analysis and practice management guideline from EAST. Trauma Surg Acute Care Open. 2025;10:e001730. doi:10.1136/tsaco-2024-001730.公開抄録とEAST公式ガイドライン紹介で推奨・確実性を確認。
  12. American College of Surgeons. Best Practices Guidelines: Management of Genitourinary Injuries. August 2025. 公式PDF.腎損傷の非手術管理・手術介入の関連節確認。

本稿は教育用の総説原稿で、系統的レビューではない。探索・止血の原則には観察研究と専門家合意に基づく部分が多い。図は独自の模式図で、手術手技の訓練や個別症例の判断を代替しない。著者による医学的最終確認は未実施。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

外科医・救急科専門医。外傷外科、Acute Care Surgery、救急・集中治療領域の診療と研究に従事しています。外傷性凝固障害、出血性ショック、止血蘇生、大量輸血、腹部外傷を中心に、臨床で使えるエビデンスを解説します。

目次