妊産婦外傷の初期対応:母体蘇生・胎児評価・蘇生的分娩を2025年指針で整理する

妊産婦外傷の初期対応|TRAUMA IN PREGNANCY|PTD ZERO

妊娠中の外傷では、胎児にとって最善の初期治療は母体の蘇生である。米国東部外傷外科学会(EAST)の2025年の指針もこの原則を結論に置くが、推奨の多くは条件付きで、根拠となる研究は少ない。本稿は妊娠中の外傷患者を対象に、初期蘇生、画像検査、胎児監視の時間、胎盤早期剝離とKleihauer-Betke(KB)検査、抗D免疫グロブリン、心停止時の蘇生的子宮切開(死戦期帝王切開)を、指針と原著の数値で整理し、国内の添付文書・指針・診療体制との対応を示す。

  • 妊産婦外傷
  • 母体蘇生
  • 蘇生的子宮切開
  • 胎児評価
  • 抗D免疫グロブリン

医療従事者向け:本記事は教育および一般的な医学情報の提供を目的としています。個々の患者に対する診断・治療を代替するものではありません。

目次

まず押さえる要点

  1. 母体の評価と安定化が先、胎児の評価はprimary surveyの終わりに。EAST 2025は、迅速な母体評価の後、primary surveyの終わりに胎児を評価することを条件付きで推奨する。この問いに合う研究はなく、推奨は文献の検討と専門家の合意による[1]。
  2. 必要な画像検査は妊娠を理由に遅らせない。超音波が陰性でも安心しない。EAST 2025の作業部会は、電離放射線への懸念で医学的に必要な画像検査を妨げないよう提案し[1]、SOGC 2015(カナダ産科婦人科学会)は、腹部CTを含む母体評価に必要な画像検査を胎児被ばくへの懸念で遅らせないとする[2]。妊婦での救急超音波の感度は61%(腹腔内損傷23例中14例)という報告があり[3]、重症外傷でCTを基準にしたFASTの感度は11%だった[4]。
  3. 軽症に見えても、生存可能な妊娠なら少なくとも4〜6時間は母体と胎児を監視する。EAST 2025の条件付き推奨である[1]。前向き研究では、胎盤早期剝離を含む直後の有害転帰が外傷妊婦の9.4%に起こり、損傷の重症度からは予測できなかった[5]。SOGC 2015は、妊娠23週以上で、子宮圧痛、性器出血、10分に1回を超える持続的な子宮収縮、胎児心拍パターンの異常、フィブリノゲン200 mg/dL未満などがあれば、24時間の入院観察を勧める[2]。
  4. RhD陰性なら抗D免疫グロブリンを検討し、量はKB検査で見直す。EAST 2025は、Rh陰性の患者でKB検査を行い、抗D免疫グロブリンの適切な量を決めるとしている[1](EASTの紹介記事に載る推奨文では「腹部外傷が疑われる場合」に限る[9])。国内の抗D人免疫グロブリン製剤は効能・効果に「腹部打撲後」を含み、72時間以内に1バイアルを筋注する[6]。KB検査で量を増やす海外の運用が国内の電子添文でどう扱われるかは未確認で、産科・輸血部門と決める。
  5. 心停止では、蘇生的子宮切開の準備を心停止の認識と同時に始める。AHA 2025は、5分までに娩出を終えることを目標とする[7]。EAST 2025は、外傷性心停止で蘇生的開胸を受ける推定妊娠20週以上の患者に、できるだけ早い蘇生的子宮切開を条件付きで推奨する[1]。根拠は症例の集積で、94例の系統的レビューでは心停止から10分以内の実施が母体の良い転帰と関連した(オッズ比7.42)[8]。無作為化試験はない。

対象と扱わない範囲

対象:妊娠中に外傷を受けた患者。救急外来での初期評価から、胎児監視と帰宅の判断、心停止時の対応までを扱う。週数の区切りは指針によって異なり、EAST 2025は蘇生的子宮切開の対象を推定妊娠20週以上とし[1]、SOGC 2015は生存可能な妊娠を23週以上としている[2]。

扱わない範囲:

  • 分娩後(産褥期)の外傷と、産後出血・静脈血栓塞栓症など産褥期に特有の問題。入院中の血栓予防は外傷後VTE予防を参照。
  • 妊娠初期の流産の管理と、蘇生的子宮切開の術式など産科手技の詳細。
  • 暴力被害への支援の詳細(本稿では、確認が必要であることだけを扱う)。
  • 小児の外傷。小児外傷の初期診療を参照。

1.頻度と転帰:軽症が多いが、胎児への影響は小さくない

外傷は妊娠に関連した非産科的死亡の主要な原因とされ、胎児の死亡は母体の死亡の3〜9倍にのぼるとされる[9]。妊婦のほぼ4%が、妊娠中に外傷で救急外来を受診する[10]。1990〜2012年の文献(1,164件の抄録から225件を採用)をまとめた系統的レビューでは、主な原因は家庭内暴力・親密なパートナーからの暴力と自動車事故だった[11]。

  • レベルI・IIの外傷センター13施設の多施設研究(1992〜1996年):女性の外傷入院27,715例のうち妊婦は372例(1.3%)で、母体死亡は14例(3.8%)、胎児死亡は35例(9.4%)だった。ISS(Injury Severity Score)が25を超えると、胎児死亡は50%だった[12]。
  • カリフォルニア州の分娩4,833,286件(1991〜1999年):妊娠中の外傷で入院した10,316件を解析した。外傷の入院中に分娩した群では、母体死亡(オッズ比〔OR〕69、95%CI 42〜115)、胎児死亡(OR 4.7、同3.4〜6.4)、子宮破裂(OR 43、同19〜97)、胎盤早期剝離(OR 9.2、同7.8〜11)が多かった。外傷の入院後、後日に分娩した群でも、胎盤早期剝離(OR 1.6、同1.3〜1.9)、早産(OR 2.7、同2.5〜2.9)、母体死亡(OR 4.4、同1.4〜14)が多かった。抄録は、ISSが高いほど転帰は悪化したが、統計学的な予測力はなかったと記載している[13]。
  • 自動車事故で入院した妊婦145例(単施設、2009〜2019年):年齢、シートベルト、エアバッグを合わせた非妊婦387例よりISSは低かった(1対4)が、子宮収縮、緊急分娩、性器出血などの妊娠関連の合併症が11.1%に起こった[14]。
  • 単施設の妊婦188例(2010〜2017年):41例(22%)の胎児が外傷の直後に影響を受けた。分娩まで追えた84例では、56例(66%)に早産、死産、分娩・新生児の合併症、長期の障害のいずれかがあった[15]。
  • オランダの三次施設(1995〜2005年):外傷による入院は分娩1,000件あたり10件で、159例中147例(92%)は重症ではなかった[16]。

本稿の解釈いずれも観察研究で、対象(入院例か救急受診例か)と転帰の定義が異なる。共通するのは、軽症が多い一方で、軽症でも妊娠の合併症が起こるという点である。受傷機転やISSだけで胎児のリスクを見積もらないことが、以下の各節の前提になる。

2.EAST 2025の5つの問い:推奨と、根拠になった研究の量

EAST 2025は、GRADEの方法で系統的レビューとメタ解析を行い、5つの臨床的な問い(PICO)に推奨を出した。系統的レビューの対象になったのは16研究で、その一部をメタ解析した。組み入れ基準を満たす研究は、PICO1(蘇生的子宮切開)とPICO5(胎児評価の時期)にはなく、この2つは文献の検討と専門家の合意で推奨を作った。エビデンスレベルは「Level III」とされている[1]。

表はスマートフォンでは横にスクロールして読む。対象・比較・転帰はEASTの指針紹介記事[9]、推奨は原著の抄録[1]による。

問い対象(P)比較(I 対 C)評価する転帰(O)推奨(強さ)根拠の研究数
PICO1 蘇生的子宮切開推定妊娠20週以上で、外傷性心停止に対し蘇生的開胸を受ける患者直ちに蘇生的子宮切開を行う 対 蘇生的開胸のみ母体の合併症、母体死亡、胎児死亡できるだけ早い蘇生的子宮切開(条件付き推奨)0件(組み入れ基準を満たす研究なし)。文献の検討と専門家の合意
PICO2 観察期間入院を要する損傷のない、生存可能な妊娠の外傷患者正式な母体・胎児の観察期間 対 短時間の監視で帰宅母体の合併症、新生児・胎児の合併症、胎児死亡、早産少なくとも4〜6時間の正式な観察(条件付き推奨)PICO2〜4の合計で16件。PICOごとの内訳は未確認
PICO3 妊娠特有の血液検査生存可能な妊娠の外傷患者妊娠特有の検査を追加 対 通常の外傷の検査のみ母体・新生児・胎児の合併症の拾い上げ、胎児死亡推奨の賛否を決められない。Rh陰性の患者ではKB検査で抗D免疫グロブリンの量を決めるとする(抄録に強さの記載なし。紹介記事の推奨文では腹部外傷が疑われる場合)同上
PICO4 電離放射線を使わない画像妊娠中の外傷患者超音波・MRIなど 対 通常の外傷CT母体の合併症、新生児の発達、新生児・胎児の合併症、損傷の見逃し推奨の賛否を決められない。作業部会は、電離放射線への懸念で医学的に必要な画像検査を妨げないよう提案同上
PICO5 胎児評価の時期生存可能な妊娠の外傷患者primary surveyの終わり 対 secondary surveyで母体評価を終えた後母体死亡、母体の合併症、新生児・胎児の合併症、胎児死亡迅速な母体評価の後、primary surveyの終わりに胎児評価(条件付き推奨)0件(組み入れ基準を満たす研究なし)。文献の検討と専門家の合意

研究数の内訳について:PICOごとの研究数、統合結果、確実性は本文を取得できず未確認である。Crossrefに登録されたEAST 2025の参考文献には、超音波の診断精度(Richards 2004、Brown 2005、Meisinger 2016、Sakowicz 2023)、外傷後の監視と転帰(Pearlman 1990、Towery 1993、Rogers 1999、van der Knoop 2018)、KB検査(Muench 2004)、外傷時の帝王切開(Morris 1996、国内の全国調査Kobori 2019)が含まれる。本稿の4〜8節では、これらの研究の数値を抄録で確認して示す。どの研究がどのPICOに組み入れられたかは、本稿では断定しない。

2010年版からの変化:EAST 2010は、妊娠20週を超える全例に最低6時間の胎児心拍陣痛図(CTG)監視を、12週を超える全例にKB検査を勧めていた(いずれもLevel II)。当時の文献検索は1966〜2003年のMEDLINEだった[17]。2025年版では、監視は「少なくとも4〜6時間」(条件付き)となり、KB検査はRh陰性の患者で抗D免疫グロブリンの量を決める目的に絞られた[1]。新しい版だから根拠が強くなったわけではなく、どちらも観察研究と専門家の合意に依っている。

3.初期蘇生:母体のABCDEに妊娠の要素を加える

外出血、気道、呼吸、循環、意識、全身観察の順序は非妊婦と変わらない。ただし妊娠による生理的な変化があり、非妊婦と同じ管理ではすまない[10]。EAST 2010は、重大な外傷を受けた生殖可能年齢の女性全員でhCGを測定し、妊婦の外傷では全例で産科へのコンサルトを考慮するよう述べている[17]。

SOGC 2015の推奨のうち初期診療に関わるものを挙げる(括弧内は同指針の根拠の質と推奨の分類)[2]。

  • 重大な外傷を受けた生殖可能年齢の女性は、妊娠検査か超音波で否定されるまで妊娠しているとみなす(III-C)。
  • 母体の酸素飽和度を95%超に保ち、胎児の酸素化を確保する(II-1B)。
  • 胸腔ドレーンが必要なら、通常より1〜2肋間高い位置に入れる(III-C)。
  • 妊娠中期以降は、用手的な子宮の移動か左側への傾斜で、子宮を下大静脈から離す。傾斜させるときは脊髄を保護する(II-1B)。
  • Rh陰性の母体の同種免疫を避けるため、輸血が必要なら、交差適合試験済みの血液が届くまではO型RhD陰性の血液を使う(I-A)。
  • 昇圧薬は子宮胎盤血流を減らすため、輸液に反応しない難治性の低血圧に限る(II-3B)。
  • 通常の血液検査に加え、フィブリノゲンを含む凝固検査を行う(III-C)。
  • 重症外傷では母体の評価・安定化・治療を最優先とし、そのうえで生存可能(23週以上)なら胎児心拍の聴取と監視を始めてよく、可能になりしだい産科にコンサルトする(II-3B)。

本稿の解釈SOGCの推奨の多くは専門家の意見(III)に基づく。昇圧薬の扱いなどは、出血性ショック一般の蘇生の考え方と合わせて判断する。麻酔導入から止血までの循環管理は外傷麻酔の実践を参照。

トラネキサム酸と輸血戦略:妊娠中の外傷に限ってトラネキサム酸(TXA)の効果や輸血の比率を検証した比較試験は、本稿で確認した指針と文献の範囲にはなかった。EAST 2025の5つの問いにも、SOGC 2015の推奨にも、TXAの項目はない[1][2]。AHA 2025は、生命を脅かす羊水塞栓症が疑われる周産期の患者に、バランスのとれた輸血戦略による大量輸血プロトコルを用いるよう新たに推奨したが、対象は外傷ではない[7]。凝固障害の考え方は外傷性凝固障害(TIC)、骨盤骨折の止血戦略は骨盤骨折出血を参照する(いずれも妊娠中への適用は別に検討が要る)。

4.画像検査:CTを遅らせない、超音波に頼りすぎない

EAST 2025は、超音波やMRIなど電離放射線を使わない画像検査を通常の外傷CTより優先すべきかについて、推奨の賛否を決められなかった。そのうえで作業部会は、電離放射線の影響への懸念で医学的に必要な画像検査を妨げないよう提案している[1]。SOGC 2015も、腹部CTを含む母体評価に必要な画像検査を胎児被ばくの懸念で遅らせないとし(II-2B)、FASTは腹腔内出血の検出に考慮するとしている(II-3B)[2]。米国産科婦人科学会(ACOG)の委員会意見723(2017年)は、超音波とMRIを妊婦の画像検査の第一選択としつつ、CTなどが必要な場合や診断により早く使える場合には、妊婦に控えるべきでないとしている[18]。

胎児の被ばく線量

  • EAST 2010は、5 rad(50 mGy)未満の被ばくは胎児の奇形や妊娠喪失の増加と関連しておらず、妊娠期間のどの時点でも安全とみなした。複数のX線検査を行うときは、胎児線量の推定を放射線科に相談するよう勧める[17]。
  • 国際放射線防護委員会(ICRP)のPublication 84は、適切に行われた診断的検査の多くでは、胎児の死亡、奇形、精神発達の障害が、自然に起こる頻度を超えて測定できるほど増えることはないとし、100 mGy未満の胎児線量を妊娠中絶の理由にすべきではないとしている[19]。
  • SOGC 2015の表は、胎児線量を腹部CTで3,000 mrad(30 mGy)、胸部CTで16 mrad(0.16 mGy)、頭部CTで0としている[2]。

本稿の解釈実際の胎児線量は、装置、撮影範囲、妊娠週数、体格で変わる。胎児の吸収線量(mGy)と、全身の影響を表す実効線量(mSv)は別の量である。説明では「絶対に安全」と「撮れない」の二択を避け、損傷を見逃す危険と検査の利益を比べる。

妊婦での超音波(FAST)の診断精度

  • Richards 2004:レベルI外傷センターの鈍的外傷(1995〜2002年)で、妊婦328例のうち腹腔内損傷は23例。救急超音波の感度は61%(23例中14例)、特異度は94.4%(305例中288例)で、感度は妊娠初期で最も高かった[3]。
  • Brown 2005:鈍的腹部外傷の妊婦101例のうち、手術を要する損傷は5例(損傷は胎盤2、脾2、肝1、腎1)。感度80%(95%CI 28〜100%)、特異度100%(96例中96例、95%CI 96〜100%)。見逃された胎盤損傷は、胎児徐脈の15時間後に見つかった[20]。
  • Meisinger 2016:腹部外傷が疑われた19,128例のうち妊婦は385例(2%)で、372例が超音波を受けた。感度と陽性的中率は85.7%、特異度と陰性的中率は99.7%だった[21]。
  • Sakowicz 2023:重症外傷の妊婦119例(2施設、2003〜2019年)。腹部骨盤CTを基準にすると、FASTの感度11%、特異度91%、陽性的中率50%、陰性的中率55%だった。比較に用いた例数は抄録に記載がない[4]。

本稿の解釈感度の幅の大きさは、対象(軽症中心か重症か)、参照基準(CT、手術、経過)、陽性例の少なさの違いによると考えられる。超音波の陽性は止血を急ぐ判断材料になるが、陰性は腹腔内出血を否定しない。

超音波の陰性で否定しない:腹腔内出血も胎盤早期剝離も、超音波の陰性では否定できない。SOGC 2015は、胎盤早期剝離が疑われるときは超音波での確認を待たずに対応するよう勧めている[2]。

5.胎児監視の時間:4〜6時間と24時間の根拠

4〜6時間という数字の出発点は、1990年前後からの小規模な研究である。

  • Pearlman 1990(前向きコホート):外傷を受けた妊婦85例(妊娠12〜41週)を、妊娠週数を合わせた対照の妊婦と比べた。胎児母体間輸血は外傷群に多かった(30.6%対8.2%、p<0.05)。外傷群の中では、胎盤が前壁にある例で他の位置より多かった(47%対23.5%、p<0.05)。胎盤早期剝離を含む直後の有害転帰は外傷群の9.4%に起こり、損傷の重症度からは予測できなかった。直後の有害転帰を除くと、妊娠の転帰に差はみられなかった。4時間のCTG監視は、直後の有害転帰に対して感度は非常に高いが特異度の低い検査だった。著者らは、20週を超える妊婦で最低4時間のCTG監視を勧めた[5]。
  • Towery 1993(後ろ向き):鈍的外傷で入院した妊婦125例(35か月間、自動車事故77.6%、平均ISS 4.7)。CTGと超音波を併用すると合併症をすべて検出でき、合併症はすべて入院6時間以内に現れた。著者らは、監視の結果が正常なら監視を6時間に限れるとした[22]。
  • Curet 2000(後ろ向き):鈍的外傷の妊婦271例(1990〜1998年)。胎児死亡を予測した因子は、車外放出、オートバイ事故、歩行者事故、母体死亡、母体頻脈、胎児心拍の異常、シートベルト非着用、ISS 9超。子宮収縮・早産を予測した因子は、妊娠35週超、暴行、歩行者事故だった。これらの因子があれば少なくとも24時間監視すべきとした[23]。

EAST 2010は、当時の文献にある2〜6時間という監視時間は、いずれも大規模な前向き研究で検証されていないと記している[17]。現在の推奨も同じ限界を持つ。SOGC 2015は、生存可能な妊娠(23週以上)で少なくとも4時間の電子的胎児監視を勧め(II-3B)、要点3の危険因子があれば24時間の入院観察とする(III-B)[2]。

監視がそもそも行われていない問題もある。外傷センター13施設の研究(1992〜1996年)では、妊娠後期の妊婦のうちCTG監視を受けたのは61%だった[12]。外傷で緊急帝王切開が行われたレベルI外傷センター9施設の研究では、生存が見込めた児の死亡5例は胎児機能不全の認識の遅れによるもので、その60%は母体の損傷が軽症〜中等症(ISS 16未満)だった[24]。

本稿の解釈4〜6時間は「終われば帰宅できる時間」ではない。監視中に子宮収縮、性器出血、破水、胎児心拍の異常、腹痛の増悪があれば、監視と入院を延ばす。SOGC 2015は、4時間を超えて監視した患者には退院前に産科の超音波検査を行うよう勧める(III-C)[2]。帰宅時は、腹痛、性器出血、水っぽい帯下、胎動の減少があればどこへ連絡するかを具体的に伝える。SOGC 2015は、外傷を受けたすべての女性に家庭内暴力・親密なパートナーからの暴力について具体的に尋ねることも勧めている(II-3B)[2]。

6.胎盤早期剝離と胎児母体間出血:KB検査は何のために行うか

胎盤早期剝離は、外傷後の胎児死亡の主な産科的原因とされる[17]。外傷センター13施設の研究では最も多い合併症で、3.5%に起こった[12]。

胎児母体間出血(胎児の血液が母体の循環に入ること)は、Rh陰性の母体に限らず起こる。KB検査は母体血中の胎児赤血球から出血量を推定する検査で、目的を二つに分けて考えると整理しやすい。

  • 抗D免疫グロブリンの量を決める:RhD陰性の母体の感作を防ぐため。EAST 2025とSOGC 2015がこの目的でKB検査を勧める[1][2]。
  • 子宮の損傷や早産の危険を見つける:Rh型にかかわらない目的。こちらは研究の結果が分かれる。

Muench 2004は、米国メリーランド大学のショックトラウマセンター(1996〜2002年)で、外傷入院30,362例のうち妊婦166例、CTG監視を受けた93例を検討し、KB検査を行った71例を解析した。KB陽性(母体血中の胎児血が0.01 mL超)の46例のうち44例に子宮収縮(うち25例が顕在性の早産)があり、KB陰性の25例では子宮収縮はなかった。KB陽性は早産に関連する唯一の危険因子で(p<0.001、陽性尤度比20.8)、外傷スコアはいずれも早産を予測しなかった。著者らは、Rh型にかかわらずすべての外傷妊婦にKB検査の重要な利点があると結論した[25]。一方、Towery 1993では、KB検査の妊娠関連合併症に対する感度は56%、特異度は71%で、急性期には有用性が低いと結論した[22]。Pearlman 1990は、11週を超える全例で胎児母体間輸血のスクリーニングを勧めていた[5]。

本稿の解釈結論が逆になった理由として、転帰の定義(早産か、合併症全般か)、KB陽性の基準、対象の重症度、採血の時期の違いが考えられる。どちらも単施設の後ろ向き研究である。EAST 2025が妊娠特有の検査全般について推奨の賛否を決められなかったことは、この不一致と整合する[1]。KB陰性を胎盤早期剝離の除外に使わず、KB陽性は監視を延ばす手がかりとして扱うのが、現時点の読み方だろう。

7.抗D免疫グロブリン:海外の推奨

SOGC 2015は、RhD陰性の妊婦の外傷では全例に抗D免疫グロブリンを投与し(III-B)、KB検査などで胎児母体間出血を定量して追加投与の必要性を判断するよう勧める(III-B)[2]。ACOGの診療報告181(2017年)は外傷に限らない文書だが、分娩後の抗D免疫グロブリン投与で同種免疫の頻度が約13〜16%から0.5〜1.8%に、妊娠中の投与を加えると0.14〜0.2%に下がったとまとめている。同じ抄録は、D陰性の人の割合が地域により約5%(インド)から約15%(北米)まで異なるとしている[26]。

8.心停止:蘇生的子宮切開をいつ行うか

蘇生的子宮切開(死戦期帝王切開)の目的は、増大した子宮による大血管の圧迫を解いて母体の蘇生を助けることと、胎児の救命である。SOGC 2015の推奨文も「母体の蘇生と胎児の救命を助けるため」としている[2]。

指針の推奨

  • AHA 2025:心停止の妊婦に対する蘇生的分娩の準備を心停止の認識と同時に始め、5分までに娩出を終えることを目標とする(2025年に更新)。チームの計画、用手的な子宮左方移動、標準的な蘇生に加えて行うもので、「死戦期帝王切開」に代えて「蘇生的分娩(resuscitative delivery)」という用語を用いる[7]。蘇生の優先事項として、早期の気道管理と子宮左方移動を挙げている[27]。推奨のクラスと根拠のレベルは、本文を取得できず未確認である。
  • EAST 2025:推定妊娠20週以上で、外傷性心停止に対して蘇生的開胸を受ける患者に、できるだけ早い蘇生的子宮切開を条件付きで推奨する。組み入れ基準を満たす研究はなかった[1]。
  • SOGC 2015:生存可能な妊娠(23週以上)では、可能なら母体の心停止から4分以内に帝王切開を行う(III-B)[2]。
  • EAST 2010:24週以上の瀕死の妊婦で考慮し、母体の死亡から20分以内に娩出、理想的には心停止から4分以内に開始するとしていた[17]。

時間と転帰:症例の集積からわかること

  • Katz 2005(文献の症例集積):1985〜2004年の報告から38例を集めた。生存した児34例のうち娩出時刻が分かる25例では、11例が心停止から5分以内、7例が15分を超えて娩出されていた。蘇生可能な原因による20例では、13例の母体が蘇生され良好な状態で退院した。血行動態の記載がある18報告のうち12報告で帝王切開が母体の脈拍・血圧の回復に先行し、帝王切開で母体の状態が悪化した例はなかった。著者ら自身、4分以内の実施が転帰を改善することを「支持はするが、証明にはほど遠い」と述べている[28]。
  • Einav 2012(系統的レビュー):1980〜2010年の報告から94例を解析した。母体の54.3%(51例)が生存退院し、その78.4%(40例)は神経学的転帰が良好(CPC 1〜2)だった。死戦期帝王切開は31.7%で母体に有益と判断され、害と判断された例はなかった。院内心停止(OR 5.17)と、心停止から10分以内の実施(OR 7.42)が母体の良い転帰と関連した(いずれもp<0.05、信頼区間は抄録に記載なし)。新生児の生存例と死亡例で、心停止から娩出までの平均時間は14±11分と22±13分だった[8]。
  • Beckett 2017(英国の前向き全国調査):2011年7月〜2014年6月の妊娠中の心停止は66例(出産10万件あたり2.78、95%CI 2.2〜3.6)で、28例(42%)が死亡した。死戦期帝王切開は49例に行われ、心停止から実施までの時間の中央値は、母体の生存例で3分、死亡例で12分だった(P=0.001)[29]。
  • Morris 1996(外傷の多施設研究):レベルI外傷センター9施設(1986〜1994年)の外傷入院114,952例のうち、441例を超える妊婦で緊急帝王切開が32件行われた。胎児心音のなかった13例は1例も生存せず、残る20例(推定26週以上で生存が見込めた群)では75%が生存した。抄録は、児の生存が母体のISSとは独立していたと記載している[24]。
  • Kobori 2019(国内の全国調査):2010年4月〜2015年4月に国内で行われた死戦期帝王切開18例のうち、12例で蘇生され、後遺症なく退院したのは6例だった。後遺症なく退院した6例は、死亡または遷延性意識障害の12例より、心停止から死戦期帝王切開までの時間の中央値が短かった(P=0.002)。蘇生まで20分を超えた9例のうち8例(89%)に播種性血管内凝固(DIC)が起こった。この9例のうち4例に経皮的心肺補助(PCPS)が導入され、PCPS群では非導入群より制御困難な出血が多かった。それでも著者らは、心停止から20分以内に実施できない場合は、死戦期帝王切開の前にPCPSを始めることも選択肢になると結論している[30]。

これらはすべて症例の集積か観察研究で、Beckett 2017を除けば後ろ向きであり、うまくいった症例ほど報告されやすい。Morris 1996以外は外傷に限らない全原因の心停止を扱い、外傷例の内訳は抄録からは分からない。時間の閾値は観察データに基づく目安である。

本稿の解釈5分は準備を先延ばしにしないための目標で、超えたら無益になる境界ではない(Katz 2005では15分を超えて娩出された児も生存していた[28])。外傷性心停止では、出血の制御、緊張性気胸・心タンポナーデの解除、蘇生的開胸と並行して判断する。AHA 2025は、標準的な蘇生に反応しない妊婦・周産期の心停止にECPRを用いることを妥当とした(生存率55〜75%の報告)が[7]、国内の調査ではPCPS導入例で制御困難な出血が多かった[30]。活動性出血のある外傷患者への適用は、別に検討が必要である。

指針の比較表

表はスマートフォンでは横にスクロールして読む。「—」はその指針の対象外、または本稿で確認した範囲に記載がないことを示す。

項目EAST 2010[17]EAST 2025[1]SOGC 2015[2]AHA 2025[7]
胎児監視20週超の全例で最低6時間のCTG(Level II)生存可能な妊娠で少なくとも4〜6時間の正式な観察(条件付き)23週以上で少なくとも4時間(II-3B)。危険因子があれば24時間の入院観察(III-B)—(心停止の指針)
KB検査12週超の全例(Level II)Rh陰性の患者で抗D免疫グロブリンの量を決めるため(紹介記事の推奨文では腹部外傷が疑われる場合)Rh陰性で追加投与の要否を判断(III-B)—
抗D免疫グロブリン—KB検査で量を決めるRhD陰性の全例に投与(III-B)—
画像検査必要なX線検査を被ばくの懸念で妨げない。5 rad(50 mGy)未満は安全とみなす電離放射線への懸念で必要な検査を妨げない(作業部会の提案)。非電離放射線の画像の優先は賛否を決めず腹部CTを遅らせない(II-2B)。FASTを考慮(II-3B)—
胎児評価の時期母体の最適な蘇生と胎児の早期評価primary surveyの終わり(条件付き)重症外傷では母体の安定化を優先し、その後23週以上なら胎児監視を開始してよい(II-3B)—
子宮による圧迫の解除左側を15度下げた傾斜を考慮—用手的な子宮の移動か左側傾斜(II-1B)用手的な子宮左方移動
蘇生的子宮切開24週以上で考慮。母体の死亡から20分以内に娩出、理想は4分以内に開始20週以上で蘇生的開胸を受ける外傷性心停止に、できるだけ早く(条件付き)23週以上で、可能なら4分以内(III-B)準備は心停止の認識と同時に開始し、5分までの娩出を目標

根拠の比較表

表はスマートフォンでは横にスクロールして読む。数値はいずれも抄録で確認したもの。「限界と診療への意味」の列は、抄録の記載に本稿の解釈を加えたものである。

出典(年)デザイン対象比較・評価主な結果限界と診療への意味
Pearlman(1990)[5]前向きコホート(対照あり)外傷を受けた妊婦85例(12〜41週)週数を合わせた対照の妊婦胎児母体間輸血30.6%対8.2%。直後の有害転帰9.4%、重症度で予測できず。4時間のCTGは高感度・低特異度4時間監視の出発点だが、帰宅の安全性を検証した研究ではない
Towery(1993)[22]後ろ向き鈍的外傷の妊婦125例(平均ISS 4.7)CTG・超音波・KB検査の有用性CTG+超音波で合併症を全て検出、全て6時間以内に出現。KBの感度56%、特異度71%単施設・軽症中心。6時間監視の根拠の一つ
Curet(2000)[23]後ろ向き鈍的外傷の妊婦271例胎児死亡・早産の予測因子車外放出、歩行者事故、母体頻脈、胎児心拍の異常、ISS 9超などが胎児死亡を予測後ろ向きの予測因子の研究。危険因子があれば24時間監視とする根拠の一つ
Muench(2004)[25]後ろ向き外傷で入院した妊婦のうちKB検査71例KB陽性と早産KB陽性46例中44例に子宮収縮、KB陰性25例では0。陽性尤度比20.8単施設・少数。Toweryと結論が逆
Rogers(1999)[12]多施設後ろ向き(13施設)外傷で入院した妊婦372例胎児死亡の関連因子母体死亡3.8%、胎児死亡9.4%。ISS 25超で胎児死亡50%。妊娠後期のCTG実施は61%1990年代のデータ。監視の不足を示す
El Kady(2004)[13]人口ベース後ろ向き分娩4,833,286件中、妊娠中の外傷入院10,316件外傷入院中の分娩・後日の分娩 対 外傷のない分娩入院中の分娩:母体死亡OR 69、胎児死亡OR 4.7、胎盤早期剝離OR 9.2。後日の分娩:胎盤早期剝離OR 1.6、早産OR 2.7行政データ。入院しなかった軽症例は含まない
Richards(2004)[3]後ろ向き(診断)妊婦328例(腹腔内損傷23例)救急超音波 対 CT・手術感度61%、特異度94.4%単施設。陰性で損傷を否定できない
Brown(2005)[20]後ろ向き(診断)鈍的腹部外傷の妊婦101例(損傷5例)超音波 対 手術・CT・経過感度80%(95%CI 28〜100%)、特異度100%損傷例が5例で精度の推定が不安定
Meisinger(2016)[21]後ろ向き(診断)超音波を受けた妊婦372例超音波の精度感度85.7%、特異度99.7%10年間の後ろ向き検討。超音波陽性が7件と少ない
Sakowicz(2023)[4]2施設後ろ向き重症外傷の妊婦119例FAST 対 腹部骨盤CT感度11%、特異度91%比較の例数は抄録に記載なし。重症例でFASTに頼れない
Morris(1996)[24]多施設後ろ向き(9施設)外傷で緊急帝王切開を受けた32件胎児心音・週数と児の生存心音なし13例は生存0。26週以上で生存が見込めた20例の生存75%1980〜90年代。心停止時の実施に限った比較ではない
Katz(2005)[28]症例集積(文献)死戦期帝王切開38例娩出までの時間と転帰生存児のうち時間の分かる25例中11例が5分以内。蘇生可能な原因の20例で母体13例が良好に退院出版バイアス。全原因の心停止で、外傷例の内訳は抄録に記載なし
Einav(2012)[8]系統的レビュー(症例報告)母体の心停止94例実施時間・場所と転帰母体生存54.3%。10分以内の実施OR 7.42、院内心停止OR 5.17信頼区間は抄録に記載なし。時間は後ろ向きの推定
Beckett(2017)[29]前向き全国調査(英国)妊娠中の心停止66例実施までの時間と母体の生存母体死亡42%。心停止から実施までの中央値は生存3分、死亡12分全原因の心停止。外傷例の内訳は抄録に記載なし
Kobori(2019)[30]全国アンケート調査(日本)死戦期帝王切開18例時間・PCPSと転帰蘇生12例、後遺症なく退院6例。蘇生まで20分超でDIC 8/9例。PCPS群で制御困難な出血が多い回答施設の症例に限られる。外傷例の内訳は抄録に記載なし

日本で実施するとき

国内の指針と教育

  • 産婦人科診療ガイドライン産科編:最新版は2026年版で、学会の案内では2026年4月に刊行され、2023年版は2026年3月31日で販売を終えた。2026年版には2026年6月2日付の訂正(CQ205の薬剤名)が出ている[31]。妊娠中の外傷・交通事故に関するCQと推奨度は、本文を取得できず未確認である。
  • JATEC(外傷初期診療ガイドライン):妊婦の外傷の記載は本文を取得できず未確認。日本外傷診療研究機構が公開する改訂第6版の改訂概要には、妊婦に関する記載はなかった[32]。
  • 日本産婦人科医会「母体安全への提言」・妊産婦死亡報告事業:外傷の扱いは、同会のウェブサイトに接続できず未確認である。
  • J-CIMELS(日本母体救命システム普及協議会):妊産婦死亡のさらなる低下を目指し、産婦人科医だけでなく救急医、麻酔科医、コメディカルとの協働と実践教育のために設立された[33]。講習で外傷や死戦期帝王切開をどう扱っているかは未確認である。
  • JRC蘇生ガイドライン2025:新生児の蘇生の章は2025年10月23日に公表された[34]が、成人の章で妊婦の心停止がどう扱われているかは未確認である。

国内のデータ

全国の救命救急センターの調査(2008年の1年間、210施設中131施設が回答)では、妊産婦の入院は384例で全入院の0.1%、ショックが135例(35.2%)、死亡が19例(4.9%)だった。回答施設の58%が周産期母子医療センターで、産婦人科医が常時診療できる施設は113施設(86.3%)だった[35]。日本外傷データバンク(JTDB)による妊婦外傷の頻度・転帰の研究は、本稿で検索できた範囲(J-STAGE)では見つからず未確認である。

抗D人免疫グロブリン製剤

KEGG MEDICUSで確認できた国内の製剤は「抗D人免疫グロブリン筋注用1000倍「JB」」(日本血液製剤機構、特定生物由来製品・処方箋医薬品)の1品目だった。電子添文(2023年11月改訂 第1版)の要点は次のとおりである[6]。

  • 効能・効果:D(Rho)陰性で、以前にD(Rho)因子で感作を受けていない女性に投与し、D(Rho)因子による感作を抑制する。対象は、分娩後、流産後、人工妊娠中絶後、異所性妊娠後、妊娠中の検査・処置後(羊水穿刺、胎位外回転術等)または腹部打撲後等のD(Rho)感作の可能性がある場合と、妊娠28週前後。
  • 用法・用量:1バイアルを添付の注射用水2 mLに溶解する。腹部打撲後などでは、72時間以内に1バイアルを筋肉内に注射する。
  • 禁忌:D(Rho)陽性の新生児と妊産婦、本剤の成分によるショックの既往がある患者。
  • 注意:投与前に妊産婦がD(Rho)陰性であることを確認する。
  • 薬価:KEGG MEDICUSの掲載では1瓶20,155円。妊婦外傷の入院・監視に関わる診療報酬上の加算の扱いは未確認である。

海外の指針は、KB検査で胎児母体間出血を定量し、必要なら追加投与するとしている[1][2]。本稿で確認できた電子添文の範囲では、定量に基づく追加投与の記載を確認できなかった(組成の項などは取得できていない)。国内製剤の1バイアルと、海外製剤の用量(μg)との対応も未確認である。追加投与の要否は、産科と輸血部門で判断する。

日本人のRhD陰性は0.5%以下とされる(学会の一般演題抄録の記載で、一次データは未確認)[36]。血清学的にRhD陰性とされる日本人の約10%は、ごく少量のD抗原を持つDEL型とされる[37]。抗D免疫グロブリンの対象を「真のD陰性」またはD−C−の女性に限るべきとする国内の総説もあり[38]、判定の方法と投与の対象は施設の検査体制に合わせて決める必要がある。

緊急輸血とRhD陰性

SOGC 2015は、交差適合試験済みの血液が届くまでO型RhD陰性の血液を使うよう勧める[2]。国内の症例報告は、「危機的出血への対応ガイドライン」が、抗D抗体を持たないRhD陰性患者へのRhD陽性血の使用を許容していると紹介している。この報告の30歳代のRhD陰性女性は、帝王切開後の羊水塞栓症から心停止に至り、RhD陽性血を含む大量輸血(赤血球74単位のうちRhD陽性66単位、血漿84単位のうち80単位、血小板60単位はすべてRhD陽性)に加え、院内で採血したRhD陽性血27.5単位とフィブリノゲン製剤18 gを投与して救命された。第26病日に抗D抗体が新たに現れ、第31病日に遅発性溶血性輸血反応のピークがあったが、第42病日に退院した[39]。外傷ではない1例の報告だが、救命のためにRhD陽性血を使った後は、抗体検査と溶血の経過観察、次の妊娠に向けた説明が必要になることを示している。

臓器損傷分類

日本外傷学会臓器損傷分類2008は、肝、脾、膵、腎、消化管、間膜・小網・大網、胸郭、気管・気管支、肺、横隔膜、心、大血管、骨盤の13分類からなり、妊娠子宮と胎盤の分類は含まない[40]。本稿の解釈母体の臓器損傷は通常どおり分類し、子宮と胎盤の所見は言葉で具体的に記録する。

施設体制

国の医療計画の通知には「周産期医療の体制構築に係る指針」が含まれ、通知の最終改正は2026年6月10日である[41]。外傷の妊婦を救命救急センターと周産期母子医療センターのどちらで受けるか、母体搬送の基準がどう定められているかは、該当章を取得できず未確認である。前述の2008年の調査でも、救命救急センターの受け入れ体制は施設ごとに異なっていた[35]。

本稿の解釈夜間も含めて実行できるよう、次を院内と地域で決めておく。

  • 外傷チームと産科・新生児科を同時に呼ぶ基準(例:妊娠20週以上の重症外傷、心停止、胎児心拍の異常)。
  • 救急外来でCTGを始める機器と、判読する担当者。
  • O型RhD陰性赤血球の在庫と、RhD陰性の女性にRhD陽性血を使った場合の抗体検査の手順(輸血部門と共有)。
  • 抗D免疫グロブリンの投与を誰が判断し、受傷から72時間以内にどう投与するか。
  • 蘇生的子宮切開の器材、執刀者、新生児蘇生の担当、救急外来で行う場合の手順。
  • 地域の周産期母子医療センターとの間で、外傷として搬送するか母体搬送とするかの取り決め。
  • 暴力被害が疑われるときの院内の連絡先。

まだ分からないこと

  • EAST 2025の根拠の内訳。16研究がどのPICOにどう使われ、各転帰の統合結果と確実性がどうだったかは、本文を取得できず本稿では確認できていない。
  • 監視時間の最適値と、早く帰宅できる患者の条件。4〜6時間を支える研究は小規模な観察研究で、大規模な前向き研究による検証はない[17]。
  • KB検査の位置づけ。早産の予測に有用とする研究と、有用性が低いとする研究がある[22][25]。
  • 妊婦の外傷でのTXAと輸血戦略。妊婦に限った比較試験は本稿の確認範囲にない。
  • 外傷性心停止での蘇生的子宮切開の時期。適格な比較研究はなく[1]、症例集積の多くは外傷に限らない全原因の心停止を扱っている。
  • 国内の実態と指針。JTDBでの妊婦外傷のデータ、産婦人科診療ガイドライン産科編2026とJATECの記載、周産期と救急の連携体制は未確認である。

文献

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  36. 田中一人, 金子なつき, 小山内崇将, 久米田麻衣, 阿島光, 玉井佳子, 伊東悦朗. RhD陰性患者に対する輸血後の注意喚起:抗D抗体産生症例から学んだこと(一般演題抄録). 弘前医学. 2018;68(2-4):190. doi:10.32216/hirosakiigaku.68.2-4_190_11.
  37. 小林清子, 松本愼二, 新井瑞紀, 渡邉保加, 前田麻衣, 棚澤敬志, 福永祥子, 平山美津江, 池淵研二. Rh(D)陰性赤血球製剤輸血後に抗Dを検出したRh(D)陰性の1症例. 日本輸血細胞治療学会誌. 2015;61(3):416-421. doi:10.3925/jjtc.61.416.
  38. 大戸斉, 内川誠, 安田広康. アジア人型DEL赤血球:輸血患者,輸血ドナー,妊婦および将来妊孕可能女性への対応. 日本輸血細胞治療学会誌. 2024;70(4):492-498. doi:10.3925/jjtc.70.492.
  39. 笠畑澪, 餅原愛, 宮元珠華, 外室喜英, 江口奈津希, 濵田朋紀, ほか. RhD陰性産科危機的出血にRhD陽性血大量輸血後抗D抗体産生と溶血を来した1例. 日本輸血細胞治療学会誌. 2026;72(3):610-615. doi:10.3925/jjtc.72.610.
  40. 日本外傷学会. 日本外傷学会臓器損傷分類2008. 学会公開PDF(2026年9月23日閲覧).
  41. 厚生労働省医政局地域医療計画課長. 疾病・事業及び在宅医療に係る医療体制について(医政地発0331第14号、令和5年3月31日。最終改正 医政地発0610第1号、令和8年6月10日). https://www.mhlw.go.jp/content/001103126.pdf(2026年9月23日閲覧、周産期の章は未取得).

医学的内容の最終確認日・確認範囲

文献ごとの確認範囲を開く(最終確認日:2026年9月25日)

医学的内容の最終確認日:2026年9月25日(著者確認)。文献照合日:2026年9月23日(文献検索も同日。日本時間では9月24日)。PubMed、PMC、Europe PMC、Semantic Scholar、Crossrefの検索機能には接続できない時間帯があり、再試行はせず、出版社、学会、Crossrefの書誌、OpenAlex、J-STAGE、公的機関のページで確認した。OpenAlex(文献データベース)が公開する抄録の単語データから復元した抄録は語順が乱れることがあるため、公開前の独立照合で、PubMedの抄録(NCBIのBioC)またはCrossrefに登録された出版社の抄録を取り直して数値を照合した(ICRP Publication 84を除く)。数値・用量・適用条件を含む医学的内容は、2026年9月25日に著者(医師)が確認した。検索記録は編集部で保管している。

  • 推奨文・表など該当箇所を確認:[2] SOGC 2015(出版社ページの推奨1〜31と胎児線量の表。本文の解説は取得できず)、[17] EAST 2010(学会公開ページと公開PDFの推奨・根拠の要約)、[6] 電子添文(KEGG MEDICUS掲載分の効能・効果、用法・用量、禁忌、注意。組成の項は取得できず)、[40] 臓器損傷分類2008(学会公開PDF)。
  • 抄録のみ確認:[1] EAST 2025(Europe PMCの抄録。参考文献はCrossrefの登録で確認。本文は出版社サイトで閲覧できず)、[4] [5] [8] [11] [13] [15] [21] [28](出版社ページの抄録)、[35] [37] [38] [39](J-STAGEの抄録)、[36](学会の一般演題抄録)。本文中の数値は抄録にある範囲に限った。
  • 抄録のみ確認(PubMedまたはCrossrefの抄録原文で照合):[3] [10] [12] [14] [16] [18] [20] [22] [23] [24] [25] [26] [29] [30]。抄録のみ確認(OpenAlexの単語データから復元した抄録のみ):[19]。
  • 公式要約・公式ページのみ確認:[7] AHA 2025のハイライト、[27] AHA 2025第10部(公式ページの要点のみ。妊娠の節の推奨表は取得できず)、[9] EASTの指針紹介記事、[31] 学会の刊行案内と訂正、[32] 改訂概要PDF、[33] 公式サイト、[34] 公式ページ、[41] 厚生労働省の通知(周産期の章は取得できず)。
  • 未取得:EAST 2025の本文と補足資料、AHA 2025の妊娠の節の本文、ACOG委員会意見723・診療報告181の本文、ERC 2025、産婦人科診療ガイドライン産科編2023・2026の本文、JATEC改訂第6版の本文、日本産婦人科医会「母体安全への提言」、JRC蘇生ガイドライン2025の成人の章。
  • 訂正・撤回:EAST 2025、EAST 2010、SOGC 2015、AHA 2025第10部について、Crossref(EAST 2025はEurope PMCも)の記録に訂正・撤回の登録はなかった。ACOG委員会意見723には2018年の訂正(超音波による温度上昇の記載)がある[18]。

更新履歴

更新履歴を開く(全4件・最新:2026年9月26日)
  • 2026年9月26日(表記):確認範囲の記載を読者向けの表現に改め、関連記事と分野の一覧へのリンクを加えた(医学的内容は変えていない)。
  • 2026年9月25日(著者確認):著者(医師)が数値・用量・適用条件を含む医学的内容を確認した。確認日の表記を更新した。
  • 2026年9月23日(改訂):原著と指針の照合にもとづき全面改訂した。冒頭の要点(条件つき5項目)、対象と扱わない範囲、頻度と転帰の数値、EAST 2025の5つの問いの対象・比較・転帰・推奨の強さ・根拠の研究数の表、2010年版との違い、SOGC 2015の推奨、胎児の被ばく線量、妊婦での超音波の診断精度、監視時間の根拠(Pearlman 1990、Towery 1993、Curet 2000)、KB検査をめぐる相反する研究、抗D免疫グロブリン、蘇生的子宮切開の時間と転帰(Katz 2005、Einav 2012、Beckett 2017、Morris 1996、国内の全国調査)、指針と根拠の比較表、「日本で実施するとき」(産婦人科診療ガイドライン産科編2026・JATEC・J-CIMELSとの対応、抗D人免疫グロブリン製剤の電子添文、RhD陰性の頻度、緊急輸血、臓器損傷分類、施設体制)、文献ごとの確認範囲を追加した。AHA 2025の記載を公式のハイライトで確認できた範囲に改め、確認できなかった記載(子宮底の高さによる対象の基準、院内での実施場所)を削除した。理由:国内での適用、研究の分母・発生率・効果量、DOIのない文献、EAST 2025の各推奨の根拠の記載が不足していたため。公開前の独立照合で抄録の原文と突き合わせ、Kobori 2019のPCPSと出血の記載、EAST 2010の線量の閾値(5 rad未満)、EAST 2025のKB検査に付く条件、SOGC 2015の推奨12の表現、Brown 2005の損傷の内訳などを原文に合わせて直した。
  • 2026年9月20日(初回公開):教育講演の提供資料を構成の出発点に、EAST 2025、AHA 2025、EAST 2010、SOGC 2015の4文献で公開した。

本記事は医療従事者への教育および一般的な医学情報の提供を目的としており、個々の患者に対する診断・治療を代替するものではありません。実際の診療では、各施設のプロトコルおよび最新の診療ガイドラインをご確認ください。
利益相反:本記事に関連して開示すべき利益相反はありません。

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この記事を書いた人

外科医・救急科専門医。外傷外科、Acute Care Surgery、救急・集中治療領域の診療と研究に従事しています。外傷性凝固障害、出血性ショック、止血蘇生、大量輸血、腹部外傷を中心に、臨床で使えるエビデンスを解説します。

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